鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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4 武家へのまなざし本屏風右隻には際立った武家の表象は見られない一方、左隻には武家に関わるイメージが多数登場する。しかしそれらはいずれも分かり易く権威化された表現とは言い難いものとなっている。この点は注文主や享受者が本屏風、ひいては大坂という都市にどのようなまなざしを向けていたのか考える手掛かりとなるため、ここでそのいくつかを指摘したい。まず、第8扇の大坂城は既に述べた通り無人で、塀や櫓以外には霞がかかる。第3扇から第5扇の中之島の武家地も半分ほどが金雲で覆い隠されている。次いで船に注目すると、蜂須賀家や小笠原家など武家の紋の帆や船印を掲げた船が多数描かれている。船体は見えずとも、帆柱と旗印で船の存在が示される箇所もある。しかし不可解な点もあり、桐紋の幕を巡らせた画中で最も豪華な御座船が堂々と描かれる一方で、第1扇の蜂須賀家や加藤家の紋を付けた船は他船の後景に回る〔図5〕。第7扇の川御座船も、ちょうど天満橋の下を通過し、船の全容は意図的に隠され、さらに橋の上を祭礼行列が通過している〔図6〕。このように、本屏風の武家に関わる事物は、確かに存在するものとして提示されながらも、必ずしも権威的とは言えない描かれ方をしている。この一見矛盾するスタンスは第3扇と第6扇の橋上の武士の行列についても同様で、人物を密集させ、槍を立て鉄砲や弓矢を持ち、武威を象徴するものとして描きながら、行列を見る側に当たる市井の人々は道をあけることなく行列のすぐ脇を歩き、見物するにしても脚絆を直しながら肩越しに振り返る、といった具合である〔図7〕。これらの行列はいずれも一見「見せる」ものとしての体裁を整えながらも、必ずしも「見られる」ものとして表現されていない(注12)。さらに第6扇の行列は、駕籠に乗る人物が最も高位の主人と見られるが、その人物が駕籠から顔を出し、肩越しに振り返っている。このような船や行列の表現は、武家周辺で制作された都市図に登場するそれらとは大きく異なっている。極端な例を挙げれば、「江戸図屏風」(国立歴史民俗博物館)の船揃えや「高松城下図屏風」(香川県立ミュージアム蔵)の御座船の一群は視界を遮られることなく壮麗に描かれる。「江戸図屏風」には将軍徳川家光が繰り返し登場するが、画中の将軍は傘や建物の屋根で顔を隠し、高位の人物であることが可視化される。また、江戸期の洛中洛外図には二条城前に将軍の参内行列を描くものが複数あるが、これらは行列が通る空間とそれを見る者の空間を明確に分けており、やはりその表現も、「浪華名所図屏風」の行列とは乖離している。― 285 ―― 285 ―

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