「Breughel-Brueghel展」をきっかけに2人の息子たちの作品が改めて注目されるようになり、コピー研究の重要性も広く認知されるようになった(注9)。また近年ではクリスティーナ・キューリとドミニク・アラート両氏を中心におこなわれた、コピー作品の科学調査に基づく徹底したケーススタディによって、その複製手法の一端が明らかにされた(注10)。この著書は、「オリジナル作品からコピー作品へ」という固定化された枠組みの中でおこなわれてきた従来の作品研究に対し、「コピー作品からオリジナル作品を考える」という新たな方法論を提示したという点においても示唆的であった。事実、生前より名声を得ていたピーテル1世の作品は、王侯貴族や裕福な市民などによって秘蔵され、人々の目に触れる機会はほとんどなかったものの、息子たちには父が用いた下絵や、一部の作品が残されていたと考えられている(注11)。つまり、彼らにはピーテル1世の作品に直接アクセスすることのできた「受容者」としての側面があるのであり、彼らの制作したコピーは、いわばピーテル1世の作品を知る数少ない受容者の証言として、作品研究における極めて重要な手掛かりとなり得るのである。そこで本研究では、ピーテル2世とヤンの制作した《死の勝利》のコピーの分析を通して、ピーテル1世の《死の勝利》について遡行的な考察を試みたい。1.コピー作品の相異点本研究では、まずピーテル1世によるオリジナルの《死の勝利》の構想と、息子たちによるコピー制作の手法について考察するため、それぞれの作品を比較し、相異点の整理をおこなった〔表1〕(注12)。その内、まず注目されるのは、「3点のコピーに共通してオリジナル作品と異なる点」である。例えばオリジナル作品の最前景左で座り込む壮年の王は、裏地に白テンの毛皮のあしらわれた深紅のマントをまとっているが、一方、コピー作品に描かれたマントはいずれも黄色であり、王も白い髭を蓄えた老齢の姿に描き変えられている。また、王の隣に描かれた、「死」に両脇を抱えられた枢機卿は、オリジナル作品において青いガウンとつばの広い帽子を身に着けているのに対し、コピー作品においては赤いガウンと帽子を身に着けている。オリジナル作品とコピー作品との相異点は色彩にとどまらない。例えば、オリジナル作品には前景左で駄馬によって牽引されているしゃれこうべを満載した荷車の下に、白い頭巾を被った女がうつ伏せで横たわっているが、3点のコピーには描かれていない。また、オリジナル作品の前景右では、「死」が剣を振り上げる兵士の足に紐をかけて引き倒そうとしているが、3点のコピーでは、いずれも紐の代わりにナイフ― 292 ―― 292 ―
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