業を案行せしめ、法を誹謗する者には天童によって懲罰を加えさせることが説かれる。功徳と勧戒を説く同経において、法華経由来の天童と、『四天王経』の善悪童子、および俱生神の役割との親縁性を見出せるのである(注19)。5.善悪童子の展開、多義的解釈先に、天童に多様な本地が用意されている傾向に言及したが、同様の傾向は鎌倉以降の仏教教学の上にも表れる。すでに平安12世紀から本地垂迹思想が発展し、神に対して本地仏が定められるようになり、鎌倉期以降には冥府の十王にも本地仏が充てられ、仏菩薩の本地を明らかにしようとする同体説とでもいうべき研究が盛んになる。たとえば、1318年の自序がある天台の仏教書『渓嵐拾葉集』では、阿弥陀不動同体説、阿弥陀(法蔵比丘)地蔵同体説など、仏菩薩の習合をめぐるさまざまな説が紹介されている。先に挙げた『地蔵十王経』や、『覚禅鈔』46「閻魔天」では、南梁・宝唱編『経律異相』の説を出典とする地蔵閻魔同体説が紹介される。敦煌文書「還魂記」の説話にもとづき、唐末五代から宋代にかけて多く制作された地蔵十王図や地蔵菩薩図には、童子形に限らないが、地蔵の眷属としての善悪童子(掌善・掌悪童子)が描かれる。さらに平安末期頃の疑経とされる『延命地蔵菩薩経』には、延命地蔵の侍者(掌善・掌悪童子)が不動明王の矜羯羅・制吒迦にそれぞれ該当することが説かれる。そのため、冥府の俱生神と習合した善悪童子は、閻魔に限らず地蔵菩薩や不動明王の侍者としても造形化される。ちなみに不動の2童子のうち制吒迦は、天台僧安然『聖無動尊決秘要義』の記述から阿尾奢(憑依)する性質を持つことが指摘されている(注20)。また、セイタカ・コンガラの字義はそれぞれ奴僕、奉仕者の意味であることから不動明王に固有のものではなく(注21)、不空羂索観音の経典(『不空羂索陀羅尼経』『自在王呪経』)においても、両者を出現・駆使する法が記載される(注22)。以上、中世の日本では善悪童子と俱生神、地蔵の眷属(掌善・掌悪童子)、さらには不動に限らず使役されるコンガラ・セイタカは、総じて同体とみなされたことが推測できる。こうした仏菩薩の眷属・使者となる童子は、憑依の性質を有する童子としてその属性は自在に変容し、多義的に解釈することが可能かもしれない。6.おわりに・今後の研究課題天からの使者であった善悪童子は、俱生神と同一化して地獄で活躍し、さらには地蔵の脇侍と化し、不動二童子と習合し、平安末期から鎌倉にかけての造形や伝承・説― 310 ―― 310 ―
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