鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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アブド・アル・ハイー作(帰属)「戦闘図」と中国版画の類似性比較するのは至治新刊『全相平話』で、元時代から明時代にかけて出版された、戦いの場面が多数掲載された歴史物語である。『全相平話』五種は、至治年間(1321-1323年)の建安(福建省)虞氏の刊である。全頁、上図下文の形式で挿絵が挿入され、現存する挿絵入り歴史読物としては最も古い(注18)。五種とは、『武王伐紂書』、『楽毅図斉七国春秋後集』、『秦併六国平話』、『前漢書続集』、『三国志平話』で、内閣文庫に所蔵されている。内閣文庫蔵『全相平話』五種は、明代の小説『三国志演義』や『封神演義』などの源流ともなった『全相平話』の現存唯一の刊本で、『三国志』を例に挙げると、明から清にかけて周日校本、呉観明本、英雄譜本、宝翰楼本などの諸本が刊行された(注19)。挿絵の精巧さにおいては至治新刊『全相平話』が最も優れており、後世のものは彫りが大胆である。戦闘場面における長槍を手に対峙する2人の騎馬人物のポーズを探すと、鎧や馬具に多少の違いが見られるものの、『武王伐紂書巻下 太公破紂兵』〔図7〕『楽毅圖齋七國春秋後集巻上 燕斉大戦』〔図8〕とほぼ写しと言えるほど構図上の類似性が見られる。至治新刊『全相平話』における其々の図版を反転させると、対峙した騎馬人物が、互いに平行になるように大刀を構え、刀頭と鉄鐏が上下に向けられる構図がほぼ一致する。さらに、この2人の騎馬人物の背景が、雲で囲まれている点も類似点と言える。アブド・アル・ハイー帰属の戦闘図〔図3〕と中国版画〔図7、8〕の類似性から、後世の画家がアブド・アル・ハイーの作品として模写した絵画の源流は、中国絵画にあると言えよう。もう一点の帰属作例である「水禽図(鴨)」〔図4〕も、中国花鳥図の一部分を参考にしたと見られる。さらに言えば、アブド・アル・ハイーに帰属され彩色画H. 2154, fol. 20b〔図6〕も、壁画として木々が散見される風景に、子供を抱いた母親が佇む姿が単色で描かれていたり、右側に棚引く雲に乗って飛天を想起させるようなリボンをつけた天使が舞い降りていたり、中国の面影を残している。おわりに本稿では、中国版画の写しと考えられる、ペルシア画家への帰属作例を取り上げ、ティムール朝絵画と中国美術の関連性を検討した。このように背景を雲で囲む手法は、挿絵版画のみならず、青花でも頻繁に見られる雲堂手と呼ばれる図様であるため、今後は青花との類似性も加味しつつ、アブド・アル・ハイーに連なるティムール朝画家の習得した画題や技法を検討したい。― 320 ―― 320 ―

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