鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
368/643

㉝ 「秋夜長物語絵巻」の成立と展開研 究 者:名古屋市博物館 学芸員  藤 田 紗 樹はじめに『秋夜長物語』は、平安時代に実在した噡西上人(?~1127)に仮託した、南北朝時代成立の稚児物語である。物語は、比叡山の僧侶桂海と三井寺の稚児梅若の恋愛を発端に、山門寺門の争いが起こり、責任を感じた梅若は入水、桂海はそれを契機に噡西と名を変え遯世し、多くの人々を教化したという内容である。本物語を題材とした「秋夜長物語絵巻」には、14世紀末期から15世紀初頭頃成立のメトロポリタン美術館所蔵本(以下、メット本)、室町時代後期成立の永青文庫所蔵本(以下、永青文庫本)、江戸時代初期成立の東京大学文学部国文学研究室所蔵本が確認されている。東京大学文学部国文学研究室所蔵本が永青文庫本の図様を引用し、その上で独自の場面を付与していることは、すでに先学によって指摘されているが(注1)、メット本から永青文庫本への影響関係については明らかになっていない。また諸本について、様式の分析によって制作年代を判断する基礎的な研究はあるものの、その制作背景にまで踏み込んで考察した研究は未だない。本稿では、はじめにメット本と永青文庫本の図様の比較を行い、永青文庫本がメット本の図様を参照していることを指摘したい。その上で、両絵巻の図様の相違に着目し、そこから浮かび上がるメット本の特徴から、「秋夜長物語絵巻」の成立背景について仮説を提示したい。1.メット本と永青文庫本の概要はじめに、メット本と永青文庫本の概要を確認しよう。メット本は紙本著色、全3巻、絵・詞ともに20段の絵巻で、その制作事情は明らかでない。絵は、破綻のない画面構成ではあるが、人物の姿態や建築の表現に稚拙な箇所が見受けられ、その画風と画中の武具の様式から、14世紀末期すなわち南北朝末期の絵巻とされてきた(注2)。筆者は、メット本の絵には写し崩れが認められることから、メット本に㴑る祖本が存在し、さらに、詞書の書風が応永年間頃のものである可能性が指摘されていることを踏まえて(注3)、制作時期については14世紀末期から15世紀初頭まで幅をもたせて考える方が良いと指摘したことがある(注4)。永青文庫本は、紙本著色、全2巻の絵巻である。中世の「秋夜長物語絵巻」に関す― 356 ―― 356 ―

元のページ  ../index.html#368

このブックを見る