など、メット本の表現とは懸隔があり、それゆえに永青文庫本の図様が全くオリジナルなものと考えられてきたのかもしれない。本章では、永青文庫本にメット本の図様の影響が見られることを指摘したい。尚、ここで述べるメット本の影響とは、メット本からの直接的な影響のみを指すのではなく、メット本の祖本、あるいは模本などを通した間接的な影響をも想定したものとする。はじめに、メット本中巻第四段〔図2〕、永青文庫本上巻第九段を比較しよう〔図3〕。両画面は、松の大樹と海辺を描くことで、物語の場が唐崎であることを表現する画面構成に近似性が認められる。また、山伏姿の天狗が輿を指差すしぐさ、人間に扮した輿舁きの天狗が、一部天狗の姿を露わにする点が両絵巻で共通する。メット本では、輿舁きの天狗の顔に嘴や鼻が現れ、永青文庫本では、白衣の下から羽がのぞいている。表現の仕方は異なるものの、メット本の影響を受けたものと考えられる。さらに、メット本下巻第二段、第三段と、永青文庫本下巻第三段、第四段、第五段の、梅若と侍童が釈迦嶽を脱出し、所縁の人々を訊ね歩く一連の場面は、1段に配される場面の選択が両絵巻で異なるものの、図様はメット本の顕著な影響を受けている。梅若と侍童に指を差しながら事情を説明する僧侶、梅若からの文を手に出立する侍童〔図4、5〕、涙をぬぐう桂海〔図6、7〕など、人物のしぐさには明らかにメット本の影響が認められる。そのほか、同一場面を描いたメット本中巻第一段と永青文庫本上巻第七段では、両画面ともに寺堂の杉戸に鷺が描かれ、メット本中巻第七段、永青文庫本下巻第二段の火災の場面では、両場面で避難する老僧の手を引く子供を描いており、細かなモティーフの共通が指摘できる。画面構成に着目すると、永青文庫本においては、一つの画面の中心を霞で区切り、1段に2場面を描く段が計5段あるが、霞で分けられた前後の段の場と時間の有機的な繋がりは希薄であり、新たに画面構成を創出したというよりも、何らかの図像を典拠に、詞書の内容に合わせて然るべき箇所に絵を配置した印象を受ける。以上のことから、永青文庫本の図様は、メット本の影響を受けていることが指摘できよう。「秋夜長物語絵巻」は、メット本の画風や画中の武具の様式が南北朝時代のものであることから、物語成立まもなくに絵巻が制作されたと考えられている(注10)。メット本が写しの絵巻であるように、絵巻の転写を経てその図様が流布し、メット本系絵巻の図様をもとに、制作者の要望や時代様式の影響を受けながら、新たな画面構築を行い、制作されたのが永青文庫本であると言えよう。― 358 ―― 358 ―
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