注⑴金有珍「『秋夜長物語』の絵巻と奈良絵本について─東京大学文学部国文学研究室蔵の絵巻を上村内八ヶ権現事」は、『秋夜長物語』の影響を顕著に受けていることが福田氏によって指摘されている(注20)。これは、『秋夜長物語』が唱導説話的な性格を有することの傍証となろう。以上の雲居寺の歴史的環境と『秋夜長物語』の唱導説話的な性格に、メット本の桂海すなわち噡西の表現と、最終場面を雲居寺の迎講が盛会な様を描くことを勘案するならば、メット本の祖本は、雲居寺周辺の唱導者などが噡西を顕彰し、さらには雲居寺への帰依を求めるために制作されたとの仮説が提示できるのではないかと考える。おわりに本稿では、はじめに永青文庫本の図様へのメット本の影響を指摘した。現存する「秋夜長物語絵巻」には、メット本の祖本からの図様が、転写を経ながら継承されていることになり、絵巻物の模本・異本制作における図像生成の過程の一事例を提示できたと考える。次に、メット本に特徴的な表現や図像に着目し、その分析から、制作に雲居寺周辺の唱道者が関与しているのではないかとの仮説を提示した。今後は、本稿で取り上げられなかった場面の分析や、さらなる史料の博捜を通して仮説の検証を目指したい。また本稿では、永青文庫本の制作背景について考察することがかなわなかった。永青文庫本は〔表1〕のように、メット本では選択されていない場面を絵画化している段があり、同じ場面でも画面構成、人物の姿態など、両絵巻で趣を大きく異にする画面もある。今後は永青文庫本の成立背景を、これら新たな解釈が加えられたと考えられる図像生成の過程とともに、考究していきたい。中心に─」(国文学研究資料館『国際日本文学研究集会会議録』38号、2015年、pp85-108)⑵宮次男「秋夜長物語絵巻 解説」(奥平英雄『御伽草子絵巻』角川書店、1982年、pp56-58)⑶2011年3月28日にメトロポリタン美術館で開催された「秋夜長物語絵巻」に関するワークショップ内での、佐々木孝浩氏の指摘による。(Masako WATANABE, Storytelling in Japanese Art,The Metropolitan Museum of Art: New York, 2011, p110)⑷藤田紗樹「メトロポリタン美術館所蔵「秋夜長物語絵巻」の基礎的考察」(『千葉大学大学院人文公共学府研究プロジェクト報告書』第333集、2018年、pp52-64)⑸大倉隆二「永青文庫蔵 秋夜長物語絵巻」(『美術史』116号、1984年、p97)⑹千野香織「特別寄稿 「秋夜長物語絵巻」「北野天神縁起絵巻」「伊勢物語」解説」(『永青文庫』34号、1990年、pp3-4)― 362 ―― 362 ―
元のページ ../index.html#374