2.地域的特性の表現と様式の多様性─《ブルゴーニュ》、《トゥールーズの栄光》《パリ万歳》に引き続き、同様のフォーマットで製作された《ブルゴーニュ》〔図4〕と《トゥールーズの栄光》〔図5〕は、それぞれ、ルイ・アンクタン(1861-1932)とアンリ・ラショ(1856-1944)による下絵に基づいて織り上げられた。《ブルゴーニュ》では、かつてのブルゴーニュ公国の支配地域が葡萄酒の銘醸地として捉えられ、画面左側で酒罇を傍に戯れる二人の男女の姿、すなわち「葡萄」の女性擬人像とサテュロスを中心に表されている。その足元で葡萄酒を傓るプットーや、葡萄柄の紋章を頂くボーダー部分に散りばめられた様々なモティーフは、同地の葡萄酒生産の豊かさを画面全体に満ちる享楽的な雰囲気の中に体現している。他方、画面右奥には、勢いよく酒を注ぐ労働者の男が描かれ、両者は一つの画面内で、聖と俗の対比をなしている。ブルゴーニュという地を伝統的な葡萄酒生産と結びつけて表す意図は、画面下部の飾り布に刺繍されたモットー「アポロンは、葡萄を、ブルゴーニュの丘につなぎとめる」によっても明示されている(注9)。そして、本作の大きな造形的特徴は、筋骨逞しいサテュロス、肉付きの良い女性像やプットーの丸みを帯びた身体表現にみられる、まさに「ルーベンス的」と形容し得るアンクタンの後期様式だろう。「クロワゾニズム」の創始者として知られるアンクタンのルーベンス様式への回帰については、例えばエミール・ベルナール(1868-1941)が「近代芸術を捨て去った」と評し(注10)、あるいは1912年のアンクタンの個展評の中に、「昔の巨匠たちの美しい伝統を保存する〔アンクタンは、〕今の時代の画家たちの間では、アナクロニズム」を示す存在だとする消極的な意見が見出せるように、アンクタンの「回帰」を否定的に、そして時に非生産的な「逆行」とさえ捉えていることがわかる(注11)。しかしここで重要となるのは、同時代の批判的態度とは反対に、ジェフロワが《ブルゴーニュ》の図案考案者として、ルーベンス様式のアンクタンを起用した点である。のちにジェフロワ自らが監修を務める叢書『新旧の巨匠たち』のうちの1冊『ルーベンス』(1924)は、アンクタンが筆を執ることとなるが、その序文においてこの監修者は、その執筆依頼の理由を、「アンクタンは、ルーベンスに対する崇拝の念ゆえ、非常に頻繁に非難されてきた。その為、彼に弁明、ひいては弁論あるいは反論の機会さえ与えた」と説明している(注12)。ジェフロワがアンクタンの後期様式を評価し、本連作の協力者として白羽の矢を立てた理由には、その特徴的な身体描写や、鮮やかな色彩、そして躍動的な筆致こそが、ブルゴーニュの大地の豊かさを表現し得る様式だと確信したからだと考えられる。軽やかさや上昇感といったロココ的な美を― 369 ―― 369 ―
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