鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
390/643

㉟ 中世絵画における猿曳の図様に関する研究研 究 者:山口県立美術館 普及課長  荏開津 通 彦はじめに16世紀から17世紀にかけて描かれたある種の漢画の中に、「猿曳(猿回し、猿飼)」の姿が描かれることがある。それらは、「四季耕作図」や「耕織図」の中に点景として現れることもあれば、「酔舞図(あるいは奏楽図)」と対をなして、「猿曳・酔舞図」といった現れかたをする場合もある。また特殊な例として、永青文庫所蔵の伝雪舟筆屛風のように、「琴棋書画図」の中に現れたりもする。本報告では、これら漢画の中の「猿曳図」が、いったいどのような主題を担っているのかということについて考えてみたい。以下において、まずこれらの漢画における「猿曳図」に関する先行研究をまとめ、次にこれら「猿曳図」の主題が、南宋時代の院体画家・梁楷の作と伝えられる「村田楽図」に由来すると考えられることを述べ、さらにこの「村田楽図」が南宋時代の雑劇「村田楽」を描いたものであったことを記す。1.猿曳図の研究史これら16~17世紀の漢画中の「猿曳図」が注目されるようになったのは、比較的最近のことである。それまで猿曳の姿を描くいくつか作品の存在は知られていたものの、その主題についてとくに興味が持たれるようなことはなかった。ところが、2000年に筑波大学附属図書館で、六曲一双の屛風の一隻に猿曳の姿を描き、もう一隻に人々が楽器を演奏する姿を描く狩野探幽筆「野外奏楽・猿曳図」〔図3、6〕が発見され、紹介されたことが端緒となって(注1)、こうした猿曳図があらためて注目されるに至った。その後ほどなくして、横島菜穂子氏によってこの探幽筆「野外奏楽・猿曳図屛風」に関する考察が進められた(注2)。横島氏は、日本中近世の漢画における猿曳図の先行作例として、伝雪舟筆「琴棋書画図屛風」(永青文庫)〔図1、5〕と伝狩野元信筆「猿曳図屛風」(根津美術館)〔図2〕をあげ、また、河野通明氏による研究(注3)を援用しながら、筑波大本と同時期に描かれた猿曳図様を点景に含む四季耕作図として、神奈川県立歴史博物館本および徳川美術館本の狩野探幽筆「四季耕作図屛風」があること、また猿曳図様を含む耕織図巻には既白筆「織耕作図巻」(国立歴史民俗博物館)があることなどを紹介した。また同時期の類作として、狩野安信「猿曳・酔舞― 378 ―― 378 ―

元のページ  ../index.html#390

このブックを見る