鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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改めて「遊女図」をみていくと、「彦根屏風」に登場する人物を複雑に組み合わせて描きあげていることが判明する。例えば、その顔貌や髪型、襟を大きく出す様は「彦根屏風」第五扇で双六盤を覗き込む遊女から、着物の雪輪模様や名護屋帯(縄帯)を持って立つ姿は同作第二扇で犬を曳く美人を左右反転させて転用している。本作では犬は描かれていないものの、「彦根屏風」の犬ひく美人が持つ房付きの縄に触発されて、名護屋帯を手にする美人へと変容させたのだろう。さらに「遊女図」の右足元に注目したい。画中では遊女の右足先が覗き見えているが、その上方の裾が不自然に大きく膨らんでいる。この膨らみは体の動きに即したものではなく、実は「彦根屏風」の人物からある部分の形のみを抜き出して描いているのだ。その部分とは、同作第一扇の芭蕉の女や椿を持つ禿にみられる右足の表現である。歩みを進める人物の後姿を表わす際、「彦根屏風」の作者は右足の踵が上がっている表現として、着物の裾を山のように膨らませて描く。この極端な裾の膨らみを「又平圖」の特徴と捉えたのか、楽央斎はその形骸を自身の作品「遊女図」に取り入れている。落款に「依又平圖」とあるように、習作的要素が強いためか楽央斎の独自性を本作から見出すことは難しい。しかしながら、「彦根屏風」を単に模写するに止まらず、作品を再構築して自身の工夫を加えた新たな寛永美人を描いた点に、楽央斎の画道に対する探究心を汲み取ることができよう。②「楊貴妃図」個人蔵〔図6〕梨の花が咲き誇る中、一人の女性が左手で笛を持ちゆったりと牀に座っている。冠をはじめ、衣服や牀に置かれた敷布には紋様が細かく描き込まれており、その彩色は濃く華やかなため全体として艶やかな印象を与える作品といえよう。一見して唐美人を描いたものとわかるが、笛を持ち枕が置かれた椅子に座るという構図から、中国唐代の皇帝である玄宗(685~762)の妃 楊貴妃を表わしたものと了解される。玄宗皇帝を伴わず楊貴妃を単独で表わす構図は決して珍しくはないものの、本作の図像の源泉となった作品は別に存在する。現在、ボストン美術館が所蔵する伝張思恭筆「辰星像」(〔図7〕(注12)以下、ボストン本)がそれで、女性の姿に象られた辰星(水星の異称)が左手に紙を右手に筆を持ち、猿に硯を捧げてもらっている。楽央斎筆「楊貴妃図」(以下、楽央斎本)では、冠や衣服の様式もさることながら、右手を挙げて左足を牀に乗せ、画面向かって左に顔を向けるという佇まいが踏襲されている。一方で、辰星の筆が楊貴妃の笛となり、紙を持たない左手は単に左膝に添え― 418 ―― 418 ―

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