鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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用いて細かく密集した線を作り出すという、媒体の実験的な手法が特に際立っている。カンヴァスを床に置き、通常とは異質な物質を加えて制作された最初期のポード絵画《銀河》〔図3〕や《5尋の底》〔図4〕のような作品は、『ポシビリティーズ』発行と同年の1947年に誕生した。その後、ポロックのポード絵画の素材はさらに多様化し、それにともない技法もさまざまに変化し展開していく。カンヴァスのサイズは大きくなり、ポロックの描画方法はより身体全体を使うものとなる。媒体とその変化に応答しながら作画を進めていく彼の制作過程は、1950年にハンス・ネイムスによって撮影され、写真および映像作品が公開された〔図5〕。このように、ローゼンバーグのアクション・ペインティング批評における媒体への着目には、ポロックによる媒体の実験的手法との対応関係が見いだせるが、同時にデューイが1934年に出版した芸術論『経験としての芸術』との共通性がある(注27)。デューイの芸術論は、人間を含む有機体のあらゆる生命活動を、環境との相互作用的「経験」であるとする自身の自然主義的経験論哲学に即し、芸術もまた生き物と環境の相互作用のなかで生じる経験のひとつであると考える。「芸術の真の働きは、有機体と環境との双方がもつ条件やエネルギーの相互作用から、一つの統合的な経験を構築することである」(注28)とデューイは述べる。そのうえで、デューイは芸術の表現行為を、物的素材である媒体と人間の内的経験の有機的な相互作用と両者の統合的な組織化であると定義する。芸術家は媒体を変化させながらイメージ・知覚・記憶・感情といった自身の内的素材を発展させていく。「物的媒体の発展過程はイマジネーションを発展させる。同時にイマジネーションは具体的な素材において着想される(注29)。」ローゼンバーグのアクション・ペインティング論は、デューイが提示する媒体との相互作用としての表現行為という考え方を引き継いでいるように思われる。たとえば、ローゼンバーグは同論考で次のように書く。「[画家の]精神 mind が記録するのは[心理的内容ではなく]精神それ自体である。画家は「精神」を通じて思考する、それは絵の具で画表面を変えることによってなのである(注30)。」彼はまた、芸術家の役割とは、カンヴァス上で「あたかも生きているかのように自身の感情的、知的エネルギーを組織化する」ことであると言う。これらの言葉は、媒体との接触からインスピレーションを得ることで変化する内的エネルギーの経験の過程が、媒体の変化として記録され組織化されるというデューイ的な芸術観を、ローゼンバーグが共有していることを示している。― 439 ―― 439 ―

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