㊷ ヴィルヘルム・ハマスホイと19世紀末コペンハーゲンにおける「室内空間」の表象〈コペンハーゲンでの調査地と調査内容〉・ヒアシュプロング・コレクション(Den Hirschsprungske Samling)・王立美術アカデミー付属図書館(Danmarks Kunstbibliotek)研 究 者:山口県立美術館 学芸課主任 萬 屋 健 司はじめに「デンマーク美術は、居間を飾るために描かれるというだけではなく、今や世界中のどの国にも増して、居間そのものを描き出す芸術になりつつある。」(注1)世紀末のデンマークを代表する美術史家カール・マスン(Karl Madsen 1855-1938)は、1889年の王立美術アカデミー主催の官展「シャロデンボー春季展」のレビューにこう記した。同展は、ヴィルヘルム・ハマスホイ(Vilhelm Hammershøi 1864-1916)が初めて室内画を出品した展覧会である。ハマスホイは生前、そして今日も「室内画の画家」として、国内外で高く評価されている〔図1〕。画家の周辺には、同じく室内画を描いたことで知られるカール・ホルスーウ(Carl Holsøe 1863-1935)〔図2〕やピーダ・イルステズ(Peter Ilsted 1861-1933)〔図3〕がおり、彼ら3人はときに「コペンハーゲン室内画派」と称される(注2)。マスンのコメントは、1889年の時点で、室内画がデンマーク美術の特徴の一つといえるものになりつつあったことを示している。デンマーク美術史において、19世紀末コペンハーゲンの室内画は、これまで研究分野として認識されてこなかった。しかしその解明は、デンマークに特有の芸術文化の一端を提示すると同時に、ハマスホイの特異な芸術を育んだ土壌として、画家の創作活動をより深く理解する手助けとなるだろう。こうした背景から、筆者は2018年11月に約1ヶ月間、コペンハーゲンで調査を行った。19世紀末のデンマークにおいて、室内画がどのように受容されていたのか、その全体的なイメージを得るために、美術史家、批評家のテキストと併せて匿名の寄稿者のものを含む同時代の新聞、雑誌記事を閲覧し、データを収集した。加えてホルスーウを中心に、室内画を描いたとの記録が残る個別の作家とその作品の調査を行なった。― 456 ―― 456 ―
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