鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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1880年代末にその兆候が見られたコペンハーゲンにおける室内画の隆盛は、その10年後には、デンマーク美術を特徴付ける明確な要素として、外国人の目にも明らかな現象であった。そしてそれらの室内画は特定の場所、すなわち、画家自身の家庭の室内を描いたものであり、またヘズベリの「コペンハーゲンの画家たちが描くような」という言葉からも、ある一定の表現形式を共有する絵画群であったと考えられる。②19世紀末コペンハーゲンにおける「親密(hygge)な」室内画とその変容カール・マスンは、1889年のシャロデンボー春季展のレビューで、「巧みに描かれた多くの室内画」の中でも、とりわけヴィゴ・ヨハンスン(Viggo Johansen 1851-1935)の作品に言及し、構図の確かさと好ましい雰囲気に加えて、「親密な(hyggelig / 名詞形(親密さ): hygge)居間に広がる空気と空間表現の素晴らしさ」を高く評価している(注6)。ハマスホイより一世代上のヨハンスンは、一般的にスケーイン派の画家として知られているが、妻や子供たちの家庭的な情景を、印象派風の光の表現を駆使して描く「家庭生活の画家」でもあった。同時代のカール・ラーションが、しばしば活動的な子供たちを描いたのに対して、同じく多くの子宝に恵まれたヨハンスンが描いたのは、遊び疲れて眠る幼子や、その様子を優しい眼差しで見つめる母親の姿〔図4〕、また近しい友人たちが居間で寛ぐ情景である。そうした画家の私生活の一部、それも何気ない日常の一幕の描写は、親密で家庭的な雰囲気に包まれており、その背後には、幸福な家庭生活の物語が広がっている。ハマスホイと同年の美術史家イミール・ハノーワ(Emil Hannover 1864-1923)は、1888年にコペンハーゲンで開催された「北欧工業・農業・芸術博覧会(Den Nordiske Industri-, Landbrugs- og Kunstudstilling)」の絵画部門についての論評で以下のように述べている。「我々の芸術は、最も厳密な定義に従えば、そしてまた最良の意味においても、居間の芸術─見る目を喜ばせ、安らぎと親密さ(hygge)を生み出し、我々を善良な人間にしてくれるような芸術─である。」(注7)こうした「家庭的な親密さ」は、同時代デンマークの美術愛好家たちが求めていたものであり(注8)、また彼らにとって「デンマーク的な」主題の一つであった(注9)。― 458 ―― 458 ―

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