鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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総勢81人もの人物が描かれている。南蛮人は22人おり、うち10人が船員である。特筆すべきこととして、後方から描かれているものの、中央手前にはトンスラの髪型をしている宣教師らしき人物が若衆踊りを見物している。禁教令の発布以降、南蛮屏風から宣教師やキリスト教に関する事物は描かれなくなるが、奉納を目的とし人目にさらされる本船絵馬に宣教師の姿が描かれるのは稀有な例である。日本人は船主、武士、若衆に禿、商人、船員であるが、若衆にも年齢幅があり幼児も混じっているようである。①から④の船絵馬では禿は屋形の中で船主の近くに控えて座っているが、本図においては禿も甲板の人々の宴席に加わってその場の雰囲気を謳歌している。髷を結っている日本人同士であっても各人の肌の色を微妙に変え、表情も豊かである。各人物の顔の造作や各人の個性が実に見事に描き分けられている。人物の行動も興味深く、船倉の出窓で3人の子どもが戯れ、船酔いやうたた寝をしている者、侍に耳かきをしている若衆もいる。南蛮屏風には異国の種々の動物が描かれていることが多いが、「朱印船図屏風」では鶏のつがいが船倉の出窓の向こうに見え、本図では、屋倉の屋根に雌雄の鶏と3羽の雛鳥が描かれている。調度品として州浜台や吉祥を表わす桃が盛られた鉢が置かれており、「朱印船図屏風」にも州浜台と桃ではなく餅が盛られた鉢が描かれている〔図5〕。船上の人々が熱中する遊興の種類も多様で、煙草盆や葡萄酒のガラス瓶などの器物も精緻に描かれており、画面の端々に至るまで見る者を魅了する風俗図である。筆力の高さより、⑤「渡海船図(角倉船)」も狩野派正系の熟練絵師により制作されたものであり、①杭全神社本「末吉船絵馬」の筆者と近い人物であると考えられる。4.木村嘉兵衛門筆「渡海船図(末吉船)」と北村忠兵衛筆「渡海船図(末吉船)」フィラデルフィア美術館本「朱印船図屏風」の両隻、および ⑤「渡海船図(角倉船)」と同様に、木村嘉兵衛門なる絵師が制作した②と③の「渡海船図(末吉船)」にも若衆踊りが描かれている。前者②には船主と客商の南蛮人をはじめ、大勢で若衆踊りを楽しそうに見ている様子が描かれているが、③は若衆が踊りを船上の人々に披露するというよりも、横にいる人物に袖を掴まれて踊っているようには見えない。②は画面の中心に若衆を配し、彼の踊りを鑑賞する人々とその周辺で酒を酌み交わす一団、バックギャモンに興じる二人とそれを傍で楽しむ人物が描かれ、船上の画面全体にまとまりが見られる。ところが③は南蛮人と若衆が酒を呑み、禿と若衆や若衆と武士が戯れ、また三味線を弾きながら若衆と武士の間を割ってこの若衆に言い寄っている者もおり、船上が混沌としてざわついている。興味深い光景として、屋倉の室内で― 511 ―― 511 ―

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