鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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細くしたものを使用し、直径0.25 - 0.3mmであった。真鍮だけの金箔より銀が混ざる方が、酸化しにくい為、金糸の輝きが継続する。神への貢物としての祭服は至極の素材が選ばれ、デザインに贈答主の国王や貴族の紋章なども組入れ、教会との結付や財力を知らしめる手段の一つともなった為、その人気に拍車をかけた。「アンダーサイド・カウチング」の技法が使われている作品数は少なくないが、この技法を分析した研究がされている文献が少なく、写真の画像が粗く詳細がわかりにくい為、現地調査が必要であった。作品が世界中に点在し、作品の劣化や展示の状況により特別閲覧も難しい現状にある。今回の「オーパス・アングリカヌム」作品群の金糸技法の研究調査では、イギリス4カ所、イタリア4カ所、スペイン2カ所において、博物館や大聖堂が所蔵する13世紀から15世紀の作品を中心に、教会刺繍のゴールドワークを調査することが出来た。調査を行ったのは、イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館、ウエストミンスター寺院、ソールズベリー大聖堂、ダラム大聖堂、イタリアのバチカン美術館、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の宝物展、ピエンツァの司教区博物館、ボローニャの市立中世博物館、スペインの国立考古学博物館、トレド大聖堂のタペストリーと繊維博物館の10カ所である。調査の詳細は別紙の表に示した。1. ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria & Albert Museum) イギリス/ロンドン〔表1〕参照ウエストミンスター司教区から貸出のミトラ(Mitre/司教冠)は、ベージュの綾織の絹生地に綾錦のような赤い絹が、中央や縁取りに縫い付けられている。唐草文様は金糸によりアンダーサイド・カウチングや絹糸によりスプリット・ステッチ(Sprit Stitch)〔図4〕、ステム・ステッチ(Stem Stitch)〔図5〕が施され、宝石などが付けられていたようだ。ラペット(Lappet/ミトラに付いているフラップ)のデザインは、左右で異なり、ミトラと共布の赤い縁取りに唐草文様のものと、茶褐色の縁取りに人物やフルール・ド・リスがデザインされたものである。現存している「オーパス・アングリカヌム」の最古のものと言われる。刺繍の断片(Fragment of embroidery/T.56 to H-1913)やオーフリー(Orphrey/縁飾り)の3点(T.31&A-1936, T.72-1922, 827&a-1903)は、金糸で縫いつくされた背景に、V&Aでは、過去2回、1963年と2016-7年に「オーパス・アングリカヌム」の展覧会が開催され、形態も様々で充実している。所蔵数が多く、43点のうち15点を調査した。― 540 ―― 540 ―

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