鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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青・水色・緑・黄緑・茶・赤・橙などの絹糸で人物やフレームが施されている。刺繍の断片はキリストの磔刑のデザインで、背景は金糸1本取り縦方向のアンダーサイド・カウチングと、その中に横刺し方向の唐草文様で縫われている。マーンハル・オーフリー(The Marnhull orphrey/T.31&A-1936)は、新約聖書の場面が6つのゴシックアーチに配置され、アーチ上の左右に紋章入りの盾がデザインされている。肌や鞭打たれたキリストの傷痕など、絹糸1本取りのスプリット・ステッチで緻密に表現し、刺し方向で身体の凹凸がみられ、頬は螺旋状に縫われている。T.72-1922は、旧約聖書からのエッサイの木のデザインで、捻じれた葡萄の木の枝の中にキリストなどが施されている。枝の中側の背景は、金糸2本取り縦方向のアンダーサイド・カウチングで、枝の外側は1本取り縦方向でシェブロン柄に縫われている。827&a-1903は、新約聖書からの使徒達がゴシックアーチの中にデザインされている。人物の背景は、金糸1本取り縦方向のアンダーサイド・カウチングの中に、植物文様が2本取り横方向で施され、アーチの上は1本取り縦方向で菱形文様に縫われている。特にステッチが細密で、ゴシックアーチ上の火炎状は実のついた植物のデザインで表現され大変稀有である。部分的な形態の作品を調査し、縫い合わされた跡により刺繍が再利用される過程を確認した。シャスブル(Chasuble/袖なしの最上衣)は5点である。司祭がミサの間、信徒に背を向けている為、多くのシャスブルは後見頃の十字のオーフリーにキリストの磔刑の場面が施されている。13世紀後半制作の青いサテンのクレア・シャスブル(The Clare Chasuble)は、後見頃の縦中央にキリストの磔刑などが四葉のフレームの中に配置され、両脇に蔦と共にライオンやグリフィンがデザインされている。人物のマントやフレームは金糸でアンダーサイド・カウチングが施され、輪郭は黒い絹糸で表現されている。15世紀の作品2点(402-1907/ T.82-1978)は、イタリア製の深紅の天鵞絨(ビロード)に麻生地に刺繍で縫いつくしたオーフリーが付いている。402-1907は金糸織模様入りの天鵞絨で、前身頃下方の生地が欠損している。オーフリーにデザインされたゴシックアーチは直線的で、天使と共に紋章入りの盾などがスプリット・ステッチやサテン・ステッチ(Satin Stitch)〔図6〕で施されている。T.82-1978のオーフリーにデザインされたゴシックアーチは大雑把であるが色鮮やかで、サン・ピエトロ大聖堂のねじれ柱を想起させる。刺繍は粗く、背景は金糸のサーフェイス・カウチングで菱形文様が施されている。697-1902は黒いベルベットに深紅のオーフリーが付いており、光を放つ天使や死者の半身像が繰り返し施されている。棺カバーを仕立て直したもので、死者のイニシャルが施されている。人物は土台布とは別の麻生地や絹に刺繍― 541 ―― 541 ―

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