鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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し縫い付けた為、作業効率が上がったと推測される。T.295 to B-1989は緑のダマスク織の絹生地で、19世紀に活躍した建築家のオーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージン(Augustus Welby Northmore Pugin/1812-1852)によるデザインである。中世後期に刺繍されたオーフリーの再利用で、人物の肌はステム・ステッチ、衣服はロング・アンド・ショートステッチ(Long and Short Stitch)〔図7〕、人物の背景は金糸を赤い絹糸でサーフェイス・カウチングにて斜め格子柄に縫い留めている。コープは2点である。サイオン・コープ(The Syon Cope/83-1864)は、金縁で橙(赤が退色した)のバーブド・カトルフォイル(Barbed Quatrefoil/棘四葉)が繋がった3段のフレームに、聖母の生涯、キリストの磔刑、聖人や天使が配置されている。土台布は絹糸により緻密なアンダーサイド・カウチングでシェブロン柄が縫いつくされ、人物の肌やローブは、スプリット・ステッチで、オーフリーはクロス・ステッチ(Cross Stitch)〔図8〕やプレート・ステッチ(Plait Stitch)〔図9〕で縫われている。キリストの肌は銀糸で際立たされ、光輪や天使の羽にも意匠が凝らされている。バトラー・ボードン・コープ(The Butler-Bowdon Cope/T.36-1955)は、深紅のベルベットに黄金のオーフリーが縫い合わされ、半円の裾に沿い、オークの枝が絡み合う柱のゴシックアーチを3段で配置し、新約聖書の場面がデザインされている。多くの金糸部分はアンダーサイド・カウチングで、幼児期のキリストのローブと受胎告知の祭壇の飾り布は、サーフェイス・カウチングで施されている。絹糸により、顔や髪、衣服などはスプリット・ステッチで、立体的な棒などはレイズド・ワーク(Raised Work)〔図10〕で、丁寧に縫い表されている。柱のドングリやライオンの顔、星などには、真珠が施されていた白い糸の跡がある。衣服のドレープの輪郭表現は、サイオン・コープは黒糸で縁どり、20年程後に制作されたバトラー・ボードン・コープでは別な角度の細いボーダーであった(注1)。サネットパネルのジョン(T.337-1921/The John of Thanet Panel)は、紺色の絹生地で、コープの背面から切り取られたものである。ゴシックアーチの下にキリストが座り、背景に金色の小さなライオンが散りばめられ、アーチの上には太陽や月、聖人がデザインされている。光輪やマントは金糸のアンダーサイド・カウチングで、ローブの首元やマントの縁の文様は絹糸のスプリット・ステッチで細密に施されている。2.ウエストミンスター寺院(Westminster Abbey)イギリス/ロンドン〔表2〕参照ウエストミンスター寺院が所蔵するシール・バック(Seal-bag/法律文書に添付されているワックスシールを保護するもの)は、えんじの絹生地で、円形の中心にあるX― 542 ―― 542 ―

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