鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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身体的な心臓の形に由来しながら、それが極度に単純化されることで精神性の契機としても機能することを確認しようとした。今日では、こころや魂の源は脳にあり、愛や怒りやその他の強い情動は脳に作用して心臓の鼓動を早めるような身体的仕組みがあることが解明されているとはいえ、ハート形はおそらく、これまで以上に強力に広範に、その機能を拡大しているようにも思われるからである。そして、ハート形のイメージ世界を美学的、歴史的、宗教的にさまざまな角度から考察・解明することで、もはや身体と精神に引き裂かれることのない人間存在を映し出す強力なパートナー・イメージとして、その意味の解明をめざした。デ・ジョルジオ氏はシンポジウムの冒頭に登壇し、『キリストの聖心表象の起源』と題した報告講演を行った。氏によれば、聖書の章句に見られるように、また古代オリエントの言語に映し出されているように、ハートは、生理学的にもっとも枢要な器官の一つであるばかりでなく、人間の全人格にとって重要なものであり、そこに内的生が育まれ、神や隣人を愛する感情や能力が宿されるという。そして、13世紀以来キリストの聖心は、天のヴィジョンと思われるものに支えられて教導をすすめていたドイツの修道女たちにより、教理的思索の対象となっていた。それ以来数世紀の間に、イエズス会は聖心への特別な崇敬を表明し、フランスの修道女にして神秘家であるマルグリット・マリー・アラコック(1647-90)は、そのもっとも熱烈な伝道者となった。そして、ポンペオ・バトーニ(1708-87)が制作した同主題絵画作品によって、1767年に公的な表象を備えることとなったキリストの聖心の、図像的起源と意味とが論じられた。キリスト教美術における基本的な展開を扱ったデ・ジョルジオ氏の報告に続いて、テイシェイラ氏が『ポルトガル海上帝国におけるハートの象徴、図像、芸術. 日の出に向かうハート』と題した報告講演を行った。ここで「日の出に向かう」という文言は、ヨーロッパからの東進を意味する。自身ブラジルの出身で、中国のマカオにある聖ヨセフ大学でも教鞭をとった経験があり、インドのゴアやベトナムでも調査研究を行ってきた氏の豊富な経験の中で収集された、非常に多くの作例がスライドを用いて紹介された。テイシェイラ氏によれば、ヨーロッパ、とくにポルトガルにおけるハート形の研究に取り組む際、当然注目すべきなのは、中世の、とくに中世末の宗教的伝統であるという。そしてまさにこの頃、ポルトガル船団が世界を「発見」し包囲しようと旅立ち、まもなくポルトガル海上帝国のキリスト教化の手続きを開始した。手始めに大西洋域、次いでインド洋、太平洋域、マカオから日本、香料諸島へと手を拡げた。さらに― 588 ―― 588 ―

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