鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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注⑴ Vers lʼAge dʼairain: Rodin en Belgique, cat. expo., Paris, Musée Rodin, 1997, p. 248.⑵ A fleur de peau: le moulage sur nature au XIXe siècle, cat. expo., Paris, Musée dʼOrsay, Réunion des おける展示風景の写真資料などを収集することができ、またリール美術館がかつてあったリウール広場などを実地調査し、写真に収めた。また《蠟製頭部像》は1834年にリール科学・農業・芸術協会へと画家ジャン=バティスト・ヴィカール(1762-1834)によって寄贈されたのち、リール美術館の所蔵となったが、現在にまで続くこの協会の会員であるヴェラ・デュピュイ氏からジョンケール学芸員を通して連絡を頂き、彼女たちと昼食する機会を得た。その際、協会側が所有する史料についての情報も頂き、引き続き情報の交換を行っている。《蠟製頭部像》については、クレルモン=オーヴェルニュ大学のローランス・リヴィアール准教授がHDR(研究指導有資格論文)を準備していたが、今回の滞在中にその審査日が決定した旨の連絡を頂いた。残念ながらこちらの帰国直前であったために口頭試問を拝聴することはできず、今回の滞在中には彼女の浩瀚な研究について触れる機会を得ることができなかったものの、今後再度機会を設けてこの論を精読していきたい。《蠟製頭部像》に関して集められたこれらの情報をもとに、再度、博士論文のなかで拙論を発展させながら、この作品について考察していきたい。― 609 ―― 609 ―Musées Nationaux, 2001, p. 35-36.⑶ 例えば以下を参照。John L. Tancock, The Sculpture of Auguste Rodin: The Collection of the Rodin Museum, Philadelphia, Philadelphia, David R. Godine, Philadelphia Museum of Art, 1976, p. 344.ここでTancockはJudith Cladel, Rodin, sa vie glorieuse et inconnue, Paris, Bernard Grasset, 1936からこの批評を引用している。ロダンの最初期のモノグラフを記したCladelから、このように引用の連鎖が起こり、ロダン評価を形作っていると言える。⑷ anonyme, « Chronique de la Ville », LʼÉtoile belge, no. 33, le 29 janvier, 1877. Vers lʼAge dʼairain展のカ⑸ むしろこの批評においては、「作品それ自体以外の手がかりは何もなく、この芸術家はまさに自殺しようとする男を表現しようとしたように思われる。」(« Chronique de la Ville », op. cit., le 29 janvier, 1877.)と、先行研究でも論じられているような主題の側面に関して最も注目している。⑹ anonyme, « Chronique de la ville », LʼÉtoile belge, nº 33, 2 février, 1877.⑺ バルザック『知られざる傑作』における画家フレンホーフェルや、彫刻家ダヴィット=ダン⑻ ⑼ 拙稿「「芸術」に捧げられた納入物─リール美術館所蔵《蠟製頭部像》の修復とその像内をめぐって」『死生学・応用倫理研究』第23号、東京大学大学院 人文社会系研究科 死生学・応用倫理センター、2018年、pp. 6-40。⑽ Yoshito UKETA, « Restauration en 1868 de la Tête de cire du Palais des beaux-arts de Lille », VIe journée des jeunes chercheurs en sculpture: « Sculpture & fragilité », Musée Rodin, le 15 juin, 2018.タログでは、この執筆者をMax Sulzbergerと推測している。Vers lʼAge dʼairain, op. cit., p. 53.ジェの言など、様々な例が挙げられる。Ibid.

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