鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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③表現としての絵具の物質性に関する研究─パブロ・ピカソの作品を中心に─期   間:2018年11月24日~12月7日(14日間)派 遣 国:フランス共和国、スペイン報 告 者:公益財団法人大原美術館 学芸員  孝 岡 睦 子2018年11月29日、国際シンポジウム「ピカソ周辺:素材選択と破壊メカニズムの関係に対する理解(Around Picasso: An Insight into the Relationships between Material Choices and Failure Mechanisms)」がバルセロナのピカソ美術館において開催された。これは、同館とバレンシア工科大学との共同開催によるもので、前者の修復・保存部門長レイエス・ヒメネス・ガルニカ氏と後者に属するラウラ・フステル・ロペス氏が共同で実施しているR&Dプロジェクト「ProMeSA」(市販塗膜の力学的、次元的性質に関する研究。近現代絵画の物理的および化学的劣化への影響(Study of the mechanical and dimensional properties of commercially manufactured paint films. Influence in the physical and chemical degradation of modern and contemporary paintings.))の成果を発表する最初の機会でもあった。20世紀において、光学調査をはじめとする文化財に対する科学的アプローチは、その手段である技術が飛躍的に発展したこともあり、作品の保存・修復を目的とした物質としての文化財の状態調査や作品の表面には現れない作者による制作のプロセスを非破壊で調べる術として世界各地で実施されてきた。本シンポジウムはパブロ・ピカソというひとりの作家に限定し、20世紀に培われ今日に至る最新の光学調査を含めた知見を学際領域を越えて一堂に介し、情報と意見とを交換することを目的として行われたものであった。ピカソの、とりわけ1900年前後の油彩画に対する光学調査は、ここ4半世紀の間にアメリカを中心として積極的に行われ、それは文化財に対する光学調査自体の意義を高めるとともに、ピカソの制作と作品解釈にしばしば新知見をもたらしてきた。このような調査結果は展覧会などを通して公表され、近々では2019年にカナダのオンタリオ美術館とアメリカのフィリップス・コレクション(ワシントン)との共同開催展でピカソに関する光学調査結果が取り上げられる予定である。以上のような時流を鑑みると、本シンポジウムの開催はまさに時宜を得たものであったと言えるだろう。事実、100名強の聴講席は予約開始後の数日で埋まってしまったそうで、そこからも文理融合の視座から一人の作家に特化して設定された本テーマに対する関心の高さがうかがえる。― 610 ―― 610 ―

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