第一部ではゲスト・スピーカー3名による講演が行われた。スミソニアン美術館保存研究所のマリオン・メクレンブルク氏からは、温湿度はじめ基礎的な油彩画の劣化に対する要因が総括的に示されるとともに、温湿度別のクラック・パターンの観察とその状態のグラフィック化や混合色の色素別劣化パターンを十年単位の観察によって調査した結果が提示された。ゲッティ保存研究所のマリオン・F・ルコムスキー氏からは「予防の保存」と題し、収蔵作品が被るダメージを防ぐための方策として作品に用いられている物質の化学的、生物学的、ないしは力学的劣化のメカニズムに関する理解の重要性が強調された。むろん、「劣化」は、作品の輸送・取り扱い・収蔵・展示など諸々の環境条件を要因とするわけであるが、塗料の変形はとりわけ6種類の色素成分とコールドプレスド・リンシードオイルに起因するという。そして、それらのメカニズムを解明する手段として、視覚的には非破壊の方法となるナノ=インデンテーション法を最適と考え、それを用いた近代絵画に対する調査事例の報告が行われた。最後はアイントホーフェン工科大学のエマニュエル・ボスコ氏より、油彩における劣化を誘発するメタル・ソープについて講演が行われた。油彩画の絵画層において、色素が金属イオンを失うと、そのイオンが油性バインダーの飽和脂肪酸と結び付きメタル・ソープが形成される。そして、それが結晶化し、拡大することによって、絵具層の内部から表面まで亀裂が生じると推定されている。ゆえに、このメタル・ソープの生成、ならびにそれに起因する絵画におけるダメージ生成のメカニズムを解明することは、絵画の劣化を遅らせる、しいては妨げるための方法を見出す手掛かりとなるという点が主張された。以上、保護の目的から絵画作品に対して進められている最新の科学研究動向が示された第一部に続き、第二部ではスペイン、フランス、アメリカ、スイス、カナダ、イギリス、日本などの各美術館・研究所・大学に所属する学芸員、修復家、科学者、美術史家から13の研究事例が発表された。「ProMeSA」の枠組みで実施されたピカソ美術館に所蔵される1917年の4作品─同じ画家による同じ制作年・制作地・パレット・技法の作品群─の調査よりクラック・パターンなど劣化状態の相違の要因を解明する試みの発表から始まり、レイエス・ヒメネス氏によるピカソの《科学と慈愛》に関する研究報告で会は締め括られた。これら研究事例は、大きく分けると作品修復を目的として行われた調査と下描きの存在や画布の再利用の可能性を前提とした作者の制作プロセスを解明するために行われた調査のふたつに分けることができるだろう。とりわけ報告者にとって有意義となったのは、グーテンベルグ美術館とシカゴ美術館の事例発表であった。グーテンベルグ美術館からは、同館が所蔵する《軽業師の― 611 ―― 611 ―
元のページ ../index.html#625