鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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NORDIK 2018は、したがって、これまでの美術史学における理論的枠組みの再考、そして今日の芸術が抱える諸課題への新たなアプローチの模索を目的としている。大会を構成する全19セッションのトピックは多岐に及んだが、いずれの趣旨も大会のそれに倣うものであった。拙論「Mixed Barriers: Materiality and Participation in Cildo Meirelesʼ Through(ミクスト・バリア:シルド・メイレレス《Through》における物質性と参加)」の発表は、「ミクスト・メディア(Mixed Media)」と題されたセッション内で行った。「無題」と並んで目にすることの多いこのミクスト・メディアは、作品を構成する素材(またはオブジェクト)の種類が多い場合に用いられる語(あるいはそうした作品の総称)であり、技法や表現の多様化が著しい20世紀以降の芸術を象徴するラベルの一つとして知られている。同セッションの目的は、便宜的である一方、使用素材と作品の意味内容とのつながりを覆い隠しかねないこの語への注視を起点に、作品における物質的なものを、単なる形作りのための材料から意味創出の主因として捉え直すことにあった。芸術と物質性の関係については、ここ10年ほどの欧米の美術史研究において活発に議論されており、作品制作における素材の能動的側面、文化間の移動によって生じる作品受容の変遷とその社会的・政治的意味、作品保存における物質性の問題とデジタル化の影響の考察等、さまざまな角度から新たな知見が蓄積されている。「ミクスト・メディア」のセッションもこうした時流への応答であり、多様性に満ちた全16本の発表は、物質性に対する継続的な関心の高さを物語っている。10月26日から丸二日をかけて進行したセッションは、「Between Matter and Materiality(物質と物質性のあいだ)」、「Curating Materiality(物質性をキュレーションする)」、「Materiality in Individual Artistic Practices(個別の芸術的実践における物質性)」、「Materiality in Specific Media(特定のメディアにおける物質性)」の四つのセクションに分けられた。三つ目のセクションに入った拙論は、ブラジル人芸術家シルド・メイレレス(1948-)のインスタレーション作品について分析を行った。《Through》(Através, 1983-1989)と題されたこの作品は、多種多様な障害(遮蔽)物によって構成されたミクスト・メディアの典型である。鑑賞者による内部の探索が可能な《Through》であるが、個々のバリアは彼らの作品参加に制限を与えるだけではない。天井から吊るされた紗幕や多種の網は、作品の全体像を不明瞭にすることで作品内部への視覚的関心を喚起する。内部への慎重な進入を要請する床の上の無数の割れガラスも、作品空間における鑑賞者の知覚を鋭敏化することで、集中と持続に満ちた濃密な作品経験を可能にしている。さらに拙論では、こうした《Through》の物質的な主― 619 ―― 619 ―

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