鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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⑥お伽草子絵の生成と展開─物語の絵画化とその様式特性をめぐって─1.『文正草子』の絵画化について研 究 者:十文字学園女子大学 人間生活学部 助手  谷 嶋 美和乃はじめに『文正草子』は、室町時代後期から江戸時代を中心に写本、版本、奈良絵本、絵巻が伝存し、お伽草子の中でも最も伝本の多い作品と言われている。鹿島大明神の雑色文太が塩焼きによって富を得て、さらに鹿島の申し子である姉妹が都の中将、帝と結ばれ一族繁栄するという立身出世の物語であり、そのおめでたい内容から女子の正月の読み初めの吉書や嫁入りの調度、雛祭りにも用いられるなどして親しまれた。伝本の本文は、松本隆信氏の「室町時代物語類現存本簡明目録」により系統分類がなされ(注1)、『室町時代物語集 第五』に基本的な写本、版本の解題が示されている(注2)。また、諸本の本文比較等については岡田啓助氏の研究が詳しい(注3)。近年数点の作例に関する紹介が新たになされてはいるものの、多様な広がりを見せる『文正草子』の研究はほとんど進展していないのが現状である。そこで本研究では、主に未紹介伝本の調査を行い、挿絵の場面選択や、描写の特徴などを解析することで、『文正草子』の絵画世界がどのように生成され、展開していったのか考察する手がかりとしたい。今回いくつかの伝本について、調査や画像を通して寛永版テキストとの比較(注4)、挿絵の場面比定を試みた。各作品の書誌情報と描かれた場面については〔表1、2〕にまとめて掲載する。それぞれの作品の翻刻や、場面の比較検討などについては今後改めて論じていくこととし、本稿では『文正草子』の絵画化について、まず絵入り版本について概観を示し、その後いくつかの具体的な作例の特徴などについて述べていきたい。1⊖1.絵入り版本についてまず、物語の普及において、大きな役割を担ったであろう絵入り版本について見ていきたい。『文正草子』の広く流布した版としては、①寛永(1624-44)頃刊の丹緑本と②享保(1716-36)頃には揃いで出版された御伽文庫二十三編に収められる、いわゆる渋川版の2つがあげられる。そして寛永版には、本文をそのまま、もしくは一部― 55 ―― 55 ―

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