(以下、茶道本)、馬の博物館蔵(以下、馬博本)(注12)の、『文正草子』の絵画化としては珍しい屏風に描かれたものである。それぞれ金雲で場面を区切り、各隻2、3段に分け1扇もしくは2扇にわたって各場面が配置される。個人蔵本と茶道本の屏風は、場面選択と配置が共通している。他本ではあまり見られない、中将一行が常陸へ下り鹿島大明神に参詣する場面が描かれる点など、数場面の構図やモチーフが近似する一方、文正が妻を追い出す場面とその横に描かれる姫の誕生場面の画面構成や、山中で中将らが翁に出会う場面の中将らの進行方向、管弦場面の構成、特に御簾のめくれ方など描かれ方の異なる場面も有している。馬博本は、文太追放場面から中将が山中で翁と出会う場面までと、物語の途中までしか描かれず、おそらく続きを描いた片隻があり、もとは一双屏風であったと考えられる。場面はやや複雑な順番で配置され、文正夫妻が鹿島明神に参詣する場面が大きく真ん中に置かれている点が特徴である。これらの作例は、場面配置はそれほど動きのあるものではなく、テキストがなくても物語を追うことができるが、構図や図様などはややかたい印象を受ける。どのような意図を以てこれらの屏風が描かれたのか、典拠となる絵巻類がないか今後詳細に検討し、特に個人蔵本と茶道本の関係性など明らかにしていきたいが、現時点で確認できた似通う図様を持つ3点を次に挙げる。チェスター・ビーティー・ライブラリィ蔵のCBJ1011奈良絵本3冊(注13)、『奈良絵本絵巻集6』所収本の奈良絵本3冊(以下、早稲田本)(注14)、海の見える杜美術館蔵の絵巻3軸(以下、海杜本)(注15)である。特に個人蔵本と茶道本とCBJ1011は似通う場面が多く、早稲田本と馬博本は場面選択が一致する。絵を見ていくと、絵師は異なるものの、文太追放場面や、文正夫妻の鹿島参詣場面、酒宴の場面、中将らが文正邸に到着した際門前に立つ女性が当世風の装束であること、管弦場面で中将らが正装姿ではなく身をやつした姿であることなど、描かれるモチーフ、人物、構図などの共通点が確認できる。文正が長者となる場面は個人蔵本、茶道本、早稲田本、海杜本〔図3〕が、管弦場面は個人蔵本、CBJ1011、早稲田本〔図4〕が類似するなど、場面ごとにそれぞれ相違点があり、かなり複雑なつながりがあることがうかがえる。1つの絵巻からか複数のものから図様を借用したのか定かではないが、いくつか似た図様が確認できることから、もとになった作例があったことは確かだろう。大画面を活かして図様を再構成したような工夫は見られないが、物語の時間軸を優先して絵巻類に用いられていた図様が分かりやすく並べられている。『文正草子』の物語が大画面において享受されていたことがうかがえる貴重な作例と言え― 59 ―― 59 ―
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