1859年の『家ラ・スメーヌ・デ・ファミーユ族週間』が、5月28日と6月4日の2回にわたり車両を取り上げており、前者に玉座の間を描いた図が掲載されている(注12)。この中で、寝室の入口の奥、真っ直ぐ進んだ先に、祈祷台とその上に設置された絵が描き込まれているのである。その絵は、形状、描かれた内容からみて、ボッジの論文に掲載された、半円形の上部を持った本作であることは明らかである〔図8、9〕。現在の部屋の内部とは異なり、カーテンを開け進んだ正面の位置に祈祷台が置かれていたことになる。そしてその上に、本作が飾られていたのである。3.《ロレットの聖母》との比較次に、同じように聖母を描いた《ロレットの聖母》との比較を通して、本作の特徴を検討してみたい。本作はミレーの作品の中では数少ない、注文制作による宗教画である。主な作例は、アンジェ美術館の《聖カタリナ》、ディジョン美術館の《ロレットの聖母》、そして本作の3つが挙げられる(注13)。中でも後者2点は聖母を描いた作品として、たとえば「マネ/ヴェラスケス」といった展覧会において、よく似た作品として言及されてきた(注14)。1851年に描かれた《ロレットの聖母》は、高さ約2.3メートル、横約1.3メートルの大きな作品である。コレクターであったポール=フランソワ・コロという人物の依頼により制作されたもので、当時コロがパリのサン・ラザール通りとノートルダム・ド・ロレット通りの間の角に出していた店の看板として使われた。店のすぐ近くにはノートルダム・ド・ロレット聖堂があったことが主題の由来とされる(注15)。ミレーは、裸の幼児イエスを抱いたマリアを描いているが、その頭には星が輝き、足下には三日月が配されている。これらは「無原罪の御宿り」を描く際のモチーフだが、マリア自身が罪の汚れなく母の胎に宿ったことを示す主題であり、子であるイエスは含まれない場合が多い(注16)。ミレーの《ロレットの聖母》の参照源としては、1838年にルーヴルに開設されたスペイン・ギャラリーに飾られていたスルバランによる《無原罪の御宿り》が挙げられ、おそらく独自に聖母子像に「無原罪の御宿り」のモチーフを加えていることが指摘されている(注17)。スルバランの厳格さを感じさせるマリアの描写の影響か、《ロレットの聖母》のマリアは、動きのない直立した姿勢、どっしりとした重量感ある姿で描かれている。眼窩が陰になった虚ろな目や、だらりと手を下ろすイエスの姿態などは、やや生硬な印象さえ与える。看板の絵という機能を考慮してか、マリアの頭上に描かれた星や両端の揃った三日月なども記号的に描写され、人物を含め自然主義的な表現は取られていない。これに対し、本作のマリアは、頬の張った丸みのある顔、小さく個性的な顎などの― 69 ―― 69 ―
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