ト、マッタに対応している。ジャニスは、彼らの到来によって、その才能がアメリカに移植されつつある状況を好意的に捉え、ニューヨークがパリに取って代わって世界の芸術の中心地になりつつあることを述べている点は重要である。次に、同時期に発行された『アート・ニューズ』誌に掲載された記事「亡命芸術家」にはこのようにある。ヨーロッパでつい最近生じた大津波のために、今や、新たな一団が岸辺に運ばれてきている。皆、国際的な評価を受けており、多くがモダンアートの動向のすみずみにまで貢献した者たちである。彼らはここでどのようにしてやっていくのだろうか? 見知らぬ土地で、自らの指針に従うことができるのだろうか? これら亡命中の芸術家はアメリカ人になることが可能なのだろうか? あるいは、私たちがヨーロッパ人の目を通して彼らを理解する術を学ばなければならないのだろうか?(注9)ここではジャニスのように、亡命芸術家の到来を好意的にではなく、いかにヨーロッパからやってきた彼らと対峙すべきかという問題提起に重きが置かれている。興味深い点としては、アメリカとヨーロッパのどちらに合わせるべきなのかを読者に問いかけている点である。モダンアートの著名な作家とはいえ、亡命芸術家の受入れられ方が一枚岩ではなかったことを示す記録といえよう。先述の2誌が発行された翌月には『フォーチュン』誌において、「文化の大脱走」と題された特集記事が組まれている。ここでは12人の亡命芸術家、モンドリアン、レジェ、オザンファン、シャガール、マッソン、タンギー、エルンスト、ダリ、ベルマン、チェリチェフ、セリグマン、ジョージ・グロスが取り上げられ、作品1点とともに簡単な紹介文が掲載されている。記事の内容は、先に見た2誌を組み合わせたような内容となっている。アメリカ、とりわけニューヨークに、ヨーロッパの主要な芸術家のグループが数多く存在するというだけでは、パリが長年そうであったのと同じようなかたちでニューヨークが世界の芸術の中心地となる、というわけにはいかない。〔中略〕これらの多くやそれと同様の作品がすでにこの国の美術館や個人コレクションに入っているという意味では、それらは珍しくもない。ただ、変わっているのは─とりわけアメリカの芸術にとって─それを創り出した人々がいまやアメリ― 81 ―― 81 ―
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