― 89 ―― 89 ―える一文字の裂が現状と同じなので、表装は当初のものと見られる。画面の中央下部に、鮮やかな色彩の羽毛をもつ雄の雉と、それに巻きつく蛇を据え、その右上方に、木の枝にとまって雉と蛇の様子を窺う二羽の鷹を描く。それらの周りには、画面全体を埋め尽くすように、サザンカ、リンドウ、ヘビイチゴ、紅葉した葉などの秋の草花が描かれている。雉と蛇が互いを捕食しようとし、鷹がその両方を狙うという三者の緊迫した関係性が、画題に不釣り合いにも見える華やかな彩色とともに表現されている。描き方に注目してみたい。蛇、雉、草花の描写は、極めて写実的である。例えば、雉の頭部から腹部にかけての羽毛は、墨で輪郭をとったのち群青を塗り、一部に緑青や青を差すことで光沢感を表現し、さらに金泥で毛描きを施すなど、実物の雉の色彩や質感に近づけようとする意識が感じられる。蛇〔図3〕については、本図のうちでも特に丁寧な彩色が施されており、鱗を一枚一枚下地で盛り上げた上から茶色を塗り、さらに鱗の一枚一枚に淡墨の点を施すという凝りようである。植物については、それぞれの葉が表裏を見せる自然な形態と動きで描写されている。彩色はべた塗りではなく、濃淡を塗り分けつつ、葉の色あせや染みなどをも表現している。ヘビイチゴの痩果の粒など随所には、盛り上げ彩色が用いられる。さらに、サザンカや画面下部の黄色い花は、墨の輪郭線の上から彩色を施している〔図4〕。こうすることで、輪郭線が薄まり、花弁がより実物に近い柔らかな趣になることを狙ってのことと見られる。このように、本図を一見したときに得る写実的な印象は、細部の丁寧な描写の積み重ねに裏付けされたものである。ただ、画面右上部の鷹は、狩野派によく見られる典型的な鷹の描き方を逸脱するものではなく、また、鷹のとまる樹の枝の、墨線を主体とした抑揚のある輪郭線や皴の描き方も、本図のほかの部分の描写に比べ写実への意識が薄いように感じられる。このような、写実的な描写と狩野派の画風が入り混じった様子が、暁斎の狩野派に学びつつも写生を重んじた姿勢を体現しているかのようだ。暁斎自身が意図してこうした効果を狙ったのかは分からない。飯島半十郎(1841-1901)が著した『河鍋暁斎翁伝』や、石川光明の文章「暁斎と是真」には、《花鳥図》についての記述があり、制作背景を知ることができる(注1)。すなわち、本図は当初、明治6年(1873)のウィーン万国博覧会に出品するために制作され始めた。しかし、期限に間に合わなかったため出品を断念し、のちに彩色を施して第二回内博に出品された。門人の暁春曰く、本図の花卉はかつて暁斎が信州に赴いたときに写生したもので、息子の暁雲曰く、雉と蛇は暁斎がかつて伊豆に赴いたときに実見したものである(注2)。また、石川光明の記す逸話からは、本図の雉は蛇
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