― 90 ―― 90 ―に一方的に捕らわれているのではなく、雉が羽を広げたら蛇を引き裂くことができるという意図で描かれていることが分かる。こうした背景を踏まえると、本図の図様を考えるにあたっては、ウィーン万博との関わりを考慮に入れるべきだろう。ウィーン万博において、日本画出品作の収集にあたり全国各地の有名な画家のもとへ通達された諭告文では、出品作として扁額二面を描くように求めている(注3)。実際に、会場の写真に写っている絵画は、確かに扁額である〔図5〕。つまり本図は、制作当初は、現状の掛幅でなく扁額に装丁することを想定していた可能性が高い。《枯木寒鴉図》のような、掛幅に一般的である余白を活かした構図ではなく、モチーフで画面を埋め尽くす構図にしたのは、扁額にしたときの見栄えを考えたからかもしれない。さらに、諭告文では、出品画は「渾テ寫生上ニ論シテ誤リ無キヲ要ス」とされ、山水画は実景を写すように心得よとされるなど、実景に基づき、写生を重視した描画を行うことが求められている(注4)。先述した本図の雉、蛇、草花が写生に基づいているという証言からしても、暁斎がこうした方針に沿った絵を制作しようとしていたことが分かる(注5)。また、雉が蛇に巻かれるという図様は、管見の限り葛飾北斎の版画に例を見いだせるのみで、伝統的な画題とは言い難い。しかし、暁斎は本図ののち、明治21年(1888)頃に制作されたと見られるイギリス人のフランシス・ブリンクリーのための画帖にも、この画題を再度描いている〔図6〕。暁斎のもとを訪れていたジョサイア・コンドルやブリンクリーのために制作された《英国人画帖下絵》にも、動物が動物を捕食しようとしている場面を描いたものが多く見られることから、暁斎が万博の鑑賞者である西洋人にも伝わる画題として、あえて動物の争いの画題を選択した可能性が考えられよう(注6)。2 《枯木寒鴉図》第二回内博におけるもうひとつの現存出品作である《枯木寒鴉図》(出品目録では《枯木ニ烏ノ図》)は、縦148.2㎝、横48.2㎝の絹本墨画の掛幅である。日本橋にある老舗の菓子屋、榮太樓總本鋪に所蔵される。画面右下には、「惺ヽ暁斎」の落款と「暁斎」という印章がある。本図は、枯木にとまった一羽の鴉を描いている。墨のみを使用し彩色はないが、墨の濃さを使い分けることにより、立体感や羽毛の質感などがよく表現されている。調査で確認したことをもとに作画過程を推測してみたい。まず焼筆のあたり線が残っていることから、全体の大まかな構図をそれで決定していたことが分かる。その後、淡
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