鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 102 ―― 102 ―(1)『七々集』に見られる四季の歌についてとして認められており、その評価の高まりは上方の贔屓たちの活動も盛んにしたと考えられる。歌右衛門は、歌舞伎役者として非常に多くの贔屓連中が後援を行っていたことが知られている(注3)。その贔屓の具体的な活動の一つとして歌右衛門に関する文献の編纂が挙げられるが、特に文化十一年と十二年には歌右衛門に関する版本が六点も刊行されている。他の役者と比較しても短期間にこれだけ多くの版本が刊行されるのは特筆すべきことである。このことから、本屏風が制作された文化十二年は歌右衛門に対する注目が一層高まっていた時期であると考えられ、歌右衛門人気の盛り上がりの中で本屏風は作られたと推察される。3.大田南畝による狂歌本屏風に配されている大田南畝による自筆の狂歌については、南畝の著作集『七々集』に同様の歌が確認できる。『七々集』は南畝による自筆の半紙本一冊で、文化十二年の夏から翌十三年(1815-16)春までの狂歌を中心とした作を集めたものである(注4)。その中の文化十二年の項目に「ことしの春中村芝翫(歌右衛門)のわざをぎに其九重彩色桜といふ九変化のかたかきたる豊国が絵に、四季の歌よめと芝翫のもとより乞けるに、よみてつかはしける」とあり、屏風に書かれたものとほぼ同じ狂歌が紹介されている。従って“九変化のかたかきたる豊国の絵”が本屏風の豊国の絵に当たることが推定される。(2)各扇面の狂歌の内容と『七々集』の記述の比較※『七々集』の表記と相違がある部分については下線で示す。① 右隻・第一扇〔図3〕:  春の歌「けさう文つかひはきたり酒かふて かしらの雪の花やながめん」  『七々集』: 「春 文使 老女の花見 酒屋調市(でっち) けさう文つかひは来り酒かふて頭の雪の花やながめん」② 右隻・第六扇〔図4〕:  夏の歌「雨乞の空にさみせん鳴神の、とゞろ〳〵とてんつてんてん」  『七々集』: 「夏 雨乞小町 雷さみせんをひく 雨乞の空にさみせんなる神のとゞろ〳〵とてんつてん〳〵」③ 左隻・第一扇〔図5〕:  秋の歌「辻君の背中あはせのやつこらさ やりもち月の前うしろめん」  『七々集』: 「秋 やりもち奴 月の辻君

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