鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 113 ―― 113 ―⑪1950年代から60年代における小磯良平の抽象表現について研 究 者:神戸市立小磯記念美術館 学芸員  高 橋 佳 苗はじめに優美で親しみ易い女性像を手がけたことで知られる洋画家・小磯良平(1903-1988年)には、その画業において「変革期」と呼ぶべき期間が存在する。それは長きにわたる小磯芸術の流れの中で、いわゆる“抽象の時代”と称される、実験的な制作が試みられた戦後1950年代から60年代にかけての約20年間を指す。これまで、小磯自身が意欲的に取り組んだ“抽象の時代”は、日本人画家たちが前衛的表現を多様に試みた戦後の潮流に感化された結果であるとの認識によって、あくまで実験的な試みとして紹介されるにとどまり、積極的に評価されることがなかった。小磯は戦前、モデルの量感や衣装の質感を丁寧に描写し、それらを実景の中にまとめ上げる《コスチューム》〔図1〕のような女性像によってすでに高い評価を得ており、一時抽象表現を試みたにせよ、1970年代には具象の世界へ回帰したとするのが定説である。ならば、なぜ小磯は戦後、自ら得意とした女性像の様式を大きく変更させてまで、抽象表現を探求する道に歩みを進めたのだろうか。それは、潮流にあわせた単なる“寄り道”だったのだろうか。この「変革期」の様相を明らかにするため筆者が最も重視したのは、小磯が1960年に敢行した海外旅行の足跡である。これまでの研究で、小磯の“抽象の時代”にも表現の変遷があり、中でも1960年前後に大きな変化が生じていることがわかってきた。本研究では、戦後の渡航が小磯の画業において大きな転機になったと考え、小磯が海外でどのような美術館を訪れ、如何なる作品を見たのか、その足取りの特定を課題とした。その上で、1950年代から60年代における展覧会への出品歴や制作歴を辿り、“抽象の時代”のさらなる細分化と作品分析に踏み込むことが出来た。特に今回の調査では、小磯が渡航中に記した手紙や手帳などが新たに発見される幸運に恵まれ、それらの資料は小磯記念美術館が収蔵する運びとなった。何より小磯の渡航先のひとつであるニューヨークの現地調査が実現したことで、小磯が当時グッゲンハイム美術館で目にした作品を特定することが出来た。本論では、その成果を報告するとともに、小磯の抽象表現について新知見をもとに考察を加え、定説の再考の布石としたい。

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