鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 114 ―― 114 ―1.関心を寄せた抽象絵画について、再検討の必要性“抽象の時代”の幕開けとなったのは1953年、小磯が第17回新制作展に発表した大作《働く人びと》〔図2〕である。本作には、当時小磯が制作のテーマにしていた「労働者とその家族」が群像として登場する(注1)。彼らは力強く安定感に富む身体表現によって描写され、古代ギリシャのレリーフを意識した横長の浅い空間に配置されている。一方で後景には、立体を積み上げたような抽象的な風景表現が採用されており、ここにはキュビスムの傾向が見てとれる。小磯の“抽象の時代”においてこれまで言及されてきたのは、キュビスムの創始者であるパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックの影響である。それは主に1950年代前半の人物画の背景や周辺モチーフの描写について指摘されてきたが、これは小磯がピカソの画集を多く所持し、ブラックによる静物画の版画作品を購入していたなど、影響関係の根拠が存在したためである。実際、小磯は青年時代の比較的早い段階から西洋の新しい芸術、とりわけキュビスムに関心を寄せていた。《働く人びと》や《麦刈り》〔図3〕には、実景を単純な立体物として捉え、積み上げたり並列させたりする表現方法が採用されており、この頃の風景画や静物画についても、同様の指摘がなされている。一方で、戦後新しい芸術が興隆する中、あえて戦前の作品を引用した意味については、あまり触れられてこなかった。確かに戦後、ピカソなど戦前の前衛芸術を代表する画家たちの作品が国内の展覧会で紹介され、いわばリバイバルの時期があったのだが、小磯はその潮流を受けてキュビスムを選んだのだろうか。《働く人びと》の背景描写に立ち戻ると、立体物の色彩を、彩度を抑えながらも効果的に対比させる独自の表現が確認できる。また《麦刈り》には、腰を屈めて作業をする女性たちの上部に別の空間を創り上げ、蛇口や葡萄、家屋などのモチーフを一列に配置する斬新な手法を用いている。この時期の静物画《かぼちゃのある静物》〔図4〕では、たびたびキュビスムの影響が指摘されてきたものの、簡素な線と色面で表された整然とした空間には、ピカソやブラックにも当てはまらない別の視点があるように思われる。これに関して、画家・宮脇成之の小磯のアトリエに言及した証言を引用したい。「こんな事、しとんねん」と照れ笑いをされながら振返られた向こうに、三〇号位のニコルソンの作品と、それを模写中のカンバスがイーゼルにあった。(中略)仕事場には、内外を問わぬ美術界の先端情報が常に溢れていた。アトリエの奥の座敷の日だまりで、届いたばかりの画集をよくお見せ戴いた。関心を持たれた作

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