鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 183 ―― 183 ―⑰ 俵屋宗達筆・烏丸光廣賛「牛図」に関する研究研 究 者:京都市立芸術大学 非常勤講師  奥 井 素 子はじめに俵屋宗達筆・烏丸光廣賛「牛図」(対幅、重要文化財、頂妙寺蔵)〔図1〕は、俵屋宗達(生没年不詳)の牛の絵に、宮廷歌人烏丸光廣(1579~1638)による和歌と漢詩の賛が揮毫された作品で、宗達の水墨画の代表作のひとつである。本研究では、未だ十分に研究されていない本図の光廣の賛の内容や、宗達の制作意図について研究する。先行研究では、牛の姿態が、弘安本系の「北野天神縁起絵巻」に描かれている牛から借用されたことが指摘されたが、その借用は牛の形を借り、たらし込みで新しい水墨画を確立したとの見解に留まっている(注1)。単に形を借りただけという捉え方ではなく、本研究ではなぜ宗達が天神の牛を選んだのかという、その借用の意図について、光廣の賛の内容や光廣自身にも着目し、さらに描き方の検証をすることによって、宗達の制作意図を多角的に考察する。賛の内容から、本図の牛が何を表し、光廣はこの牛をどう見て、どのような思いが詠まれているのかを探りたい。また、宗達の牛図の源泉についても考察したい。本稿の章立ては次の通りである。第1章は従来の研究で指摘された真筆問題について、調査報告とともに見解を述べる。第2章は、宗達と光廣の制作意図の考察について述べる。但し、紙幅の都合上、別稿で詳しく論じているところである(注2)。第3章は、宗達の牛図の源泉について考察する。最後にまとめを述べる。1.本図の調査報告本稿の内容にも関わる、従来から指摘されている本図の左幅の宗達真筆問題について取り上げる。顕微鏡機能付コンパクトカメラの撮影による画像分析の結果から報告したい。(1)賛の現状今回の画像分析では、両幅とも牛図、賛の文字、さらに紙全体に、多くの欠損や傷があることがわかった。特に文字が極度に見えにくく感じるのはそのためであった。欠損部分を我々の目が自然に補いながら文字を認識しているため、読めるが、違和感が生じる状態になっている。さらに補筆があるため、文字自体の緊張感も減少していると思われる。具体的には、右幅の「おもへ」の「おも」〔図2〕は、「も」の上部は欠損しており、

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