鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
226/688

― 214 ―― 214 ―⑳高麗時代における儀礼と観想の視覚化─ボストン美術館蔵「円覚経変相図」を中心に─研 究 者:九州大学大学院 人文科学府 博士後期課程  柳   尚 秀1.はじめに2000年以来、仏教絵画および仏教彫刻の研究では、中心となる尊格を礼拝像として再考するようになって久しい。とくに近年では作品の制作事情と併せ、その尊格と深く関係してきた儀礼に関する論攷も数多く見受けられる(注1)。このような研究動向の中、しばしば提起されてきた問題は大きく3つに要約できる。まず作品が礼拝像としてどのように儀礼の中で機能していたのか、作品の制作にあたってどのような儀礼書が参照されたのか、またいかなる文化や思想的背景に基づいて制作されたのか、というものである。このような観点について、中国絵画の領域では盛んに研究がなされてきた。井手誠之輔氏は、宋元時代の仏画は礼拝像として当時の文化や思想と密接に関係していることを示し、多様な作品がいかにして視覚化されたのか、その理論的枠組を提示した(注2)。黄士珊氏は、南宋時代の道教絵画を代表するボストン美術館蔵「三官図軸」に着目し、本作には観想による儀礼的行為が視覚化されていると解釈した(注3)。またフィリップ・ブルーム氏は、南宋時代の大徳寺伝来「五百羅漢図」について、発願者、観者、絵師たちが関与した儀礼がどのように視覚化され、絵画にあらわされるようになったか言及した(注4)。一方、同時代の高麗仏画に関する研究も、1960年代後半から現在まで日本と韓国を中心に数多く発表されてきが(注5)、近年では絵画制作の背景としての儀礼に注目した研究も報告されている(注6)。しかしながら議論は阿弥陀如来に関する仏画に集中し、高麗という国家的思想の根幹をなしていた華厳思想やその信仰について十分な言及がなく、天台浄土教の思想と華厳思想がいかに融合するに至ったかについては積極的な議論がない(注7)。以上を踏まえ、本研究では、儀礼に関連する美術作品という観点から、一連の高麗仏画について新たな解釈を加えることを試みる。現存する高麗仏画の中でも、儀礼的要素を多分に含む作品にボストン美術館蔵「円覚経変相図」(以下、本図)がある。本図がどのような儀礼書を参照し、どのような図像を選択して制作されたかを確認し、本図の全体構成の成立について、南宋時代の四川大足石刻と五百羅漢図を含む宋元仏画の作例とを実見し、調査してきた経験を活かしながら、比較検討を行い、新た

元のページ  ../index.html#226

このブックを見る