鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 215 ―― 215 ―な試論を展開したい。2.円覚経変相図の概要本図は〔図1〕〔表1〕、『大方広円覚修多羅了義経』(以下、円覚経)を典拠として制作された14世紀初め頃の優品として名高い〔図2〕(注8)。円覚経は5世紀初頭の成立で、仏陀多羅訳とされているが、現在は唐代の偽経とする見方が強い。説法教主「婆伽婆」と十二の菩薩が問答するようすが説かれ(注9)、本図はその内容を忠実に絵画化したものと解釈されてきた。本図は、上空に花(天華)の粧飾で囲まれた右旋の卍字、その両側には降下する飛天が描かれる。そして諸尊の集まる楼閣は、背後から湧出雲がたちのぼることから説法空間であることがわかる。中央には主尊が鎮座し、宝髪に五仏の宝冠を戴き結跏趺坐する。両肘から指先を外側に開き、第一指と第四指を捻じて説法する。脇侍には、如意をとり獅子に乗る文殊菩薩と、錫杖をとり象に乗る普賢菩薩を従え、それぞれに獅子と象の御者と童子が眷属としてひかえている。これら三尊の前には、十菩薩が左右に分かれて五体ずつ坐す。さらにその前方には、一連の仏菩薩に対面するように供養台が置かれ、一体の菩薩形の尊格が跪き、それを十万鬼王・八萬金剛・四天王・梵天・帝釈天・二十八天王らが囲繞する。また、本図には高麗仏画の特徴とされる唐草円文(法衣部分)〔図3〕や、天華の卍字、主尊の両掌の千輻輪文〔図4〕も確認できる(注10)。本図に関する専論は、1988年の石田尚豊氏をはじめ、藤本真帆氏、ユキオ・リピット氏、常青氏によるものが代表的であり、主尊の尊格を特定すること(注11)や、跪く菩薩形の尊格の機能についての議論が中心となっている。跪く菩薩形の尊格については十二菩薩の中の一体であるいう解釈が一般的であり、このことは円覚経の内容とも齟齬がなく、婆伽婆の説法を聞くために十二菩薩がひとりずつ主尊の前に出て対面する場面とも一致する。また、常青氏は本図の全体構成が浄源による儀礼書『円覚経道場略本修証儀』(以下、浄源本)に拠っている可能性を提示しており(注12)、本図の跪く菩薩形の尊格の登場もこの儀礼書を参照した可能性が高いと指摘している(注13)。筆者も常青氏の見解に基本的には賛同するが、画面上の跪く菩薩形の尊格は、浄源本にその存在が明記されているか、また浄源本に基づく円覚経の儀礼を実際に執り行う人物と判断できるか、そして制作当時に本図を目にした人々にとっては、この尊格はどのような意味を持ったのかという点については更なる検証が必要と考える。

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