― 216 ―― 216 ―以下では本図にあらわされた儀礼の要素ととれるモチーフの中から、主尊の前にある供養台とその上に置かれた香炉、そして説法空間を取り囲む雲に注目して私見をまとめていく。3.儀礼のコンテクストとその視覚化1)儀礼を象徴するモチーフ ─供養台と跪く菩薩形の尊格─主尊の前にある華やかな装飾の施された供養台には、煙を噴き出す三本足の香炉、その左右に燭台と思しきものが置かれている〔図5〕。浄源本は、道場の荘厳について詳説しており、供養台について直接的な説明はないものの、道場の中心を占める道具であることから儀礼のなかで最も重要なものの一つとみてよい(注14)。では、この供養台の前で、跪く菩薩形の尊格は何をしているのか。菩薩形の尊格は、跪く姿で後ろ向きにあらわされている〔図6〕。頭には宝冠を戴き、頭光を備え、天衣をまとう。印相は確認できないが、他の仏画や写経変相図から本図と類似する図像を参照すれば、正面観では合掌している可能性が高い。筆者は十二菩薩のひとりとして捉える先行研究の見解に賛同するが、ここでは新しい観点も提供してみたい。跪く菩薩形の尊格の描写には、主尊を取り囲む十二菩薩とは明確な差がつけられており、宝冠と天衣の形が異なること、蓮華座がないこと、身体やや小さく描かれていることが指摘できる〔図7〕(注15)。つまり、この尊格と十二菩薩では異なる役目を負っていると考えられる。またこの尊格の存在については浄源本に記述されていないことから、本図の制作に関与した発願者、絵師、礼拝者らがこの尊格に仮託されていることが考えられる。ではこの菩薩形の尊格は、当時の観者らによってどのような役割が求められていたのだろうか。一つには、この菩薩形の尊格は儀礼の参加者に円覚経の広範な内容を伝える語り部としての役割を担っているという考え方がある。説法教主が十二菩薩との問答を通じて円覚の真理と修行法を説くという円覚経の内容(注16)を忠実に表現した、とする見方である。もう一つは、実際の儀礼を通じて、此岸から彼岸すなわち円覚経に基づく浄土世界へと儀礼の参加者を導くという媒介者としての役割である。ところで、円覚経変相と跪く菩薩形の尊格が同時にあらわれる現存作例のうち最も早い段階のものに、南宋時代の四川省大足石窟の円覚洞が挙げられる。本尊である三身仏の前には、供養台と合掌しながら跪く菩薩が見られ(注17)、図像の構成は本図と近似する。〔図8〕。ブルーム氏は、円覚洞における菩薩像の役割について、ここで
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