注⑴ 欧米の研究は、T. Griffith Foulkʼs, “Religious Functions of Buddhist Art in China,” in Cultural Intersections in Later Chinese Buddhism, ed. Marsha Weidner (Honolulu: University of Hawaii Press, 2001), 13-29: John Kieschnick, The Impact of Buddhism on Chinese Material Culture (Princeton: Princeton University Press, 2003), 52-80参照。日本国内の研究は、長岡龍作「彼岸・因果・表象─仏教美術への開かれたアプローチとして」『日本仏教綜合研究』6(日本仏教綜合研究学会、― 219 ―― 219 ―ことができた人物に限って描き出されていることから、やはり観想の効果によるものと見ることができるだろう(注26)。したがって、円覚経に関連する儀礼において香炉を設置し、焼香することは(注27)、単に道場の厳浄だけを目的としているのではなく、儀礼の参加者が円覚浄土へと導かれるさまを観想できるようにする一助となっているとも言えるのではなかろうか。興味深いことに、本図にあらわされた香炉から立ちのぼる香煙は如意頭の形をしており、大徳寺本とは描写が大きく異なる。本図は、如意頭文にこめられた吉祥の意味を意識し、説法空間の神聖性を一段と強調していると考えられよう。4.おわりに本稿では高麗仏画の研究において看過されてきた儀礼と美術の関係という観点から、本図がもつ機能について、いくつかのモチーフに焦点をあてながら考察した。本図を特色づける全体の構成は大枠としては円覚経に依拠しているが、改めて制作背景を注目すると、本図には経典に詳述されることのない供養台、跪く菩薩形の尊格、湧出雲、香炉といったモチーフが存在し、それらを画面上に表現するにあたり儀礼書を参照していた可能性が高いこと、そして本図の制作当時に行われた円覚経に基づく儀礼の様相や、儀礼の参加者たちの求めた観想のすがたが色濃く反映されていることを同時代の東アジアで制作された作品と比較考察することで明らかにできたように思う。また本図以外にも儀礼の要素がうかがえる作例として、山口・功山寺に所蔵される水月観音像〔図16〕を挙げておきたい。功山寺本は数ある水月観音像とは異なり、正面向きに結跏趺坐し、観音の前に拝礼石〔図17〕とみられる石版がある点で希少な例と言える。この拝礼石もまた、観者を水月観音の住まう空間へと礼拝者を導く役割をもつと考えられ、儀礼との関係をあらわすモチーフとして解釈できるであろう。今後は円覚経変相図以外の高麗仏画にも視野を広げ、儀礼に関する美術作品について研究をすすめていきたい。
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