― 226 ―― 226 ―㉑ 因陀羅の芸術・再考─「禅機図断簡」と「観音図」を中心に─研 究 者:九州大学大学院 人文科学府 博士後期課程 李 宜 蓁はじめに 中国・元時代に活躍した、インド出身の僧侶である因陀羅は、現在国宝に指定されている「禅機図断簡」の作者として知られている(注1)。「禅機図断簡」には「丹霞焼仏図」(アーティゾン美術館)、「布袋蒋摩訶問答図」(根津美術館)、「寒山拾得図」(東京国立博物館)〔図1〕、「智常禅師図」(静嘉堂文庫美術館)、「李渤参智常図」(畠山記念館)の五点が含まれている。この五点は、縦寸法がほぼ等しく画風も近似している。禅宗に関する人物や逸話を主題とし、また元末明初の禅僧・楚石梵琦による題詩が五点の全てに共通していることから、これらは、これまで同一の「禅機図巻」から切断されたものと看做されてきた(注2)。近年、「禅機図断簡」のほかに、個人蔵の「観音図」〔図2〕も因陀羅の作として注目されている(注3)。その理由は、「観音図」にみられる落款の書風が、「禅機図断簡」のうち「寒山拾得図」に記された因陀羅の落款と近似しているからである〔図3〕。しかし、「観音図」と「禅機図断簡」の画風は明らかに異なっている。また、「観音図」に描かれている観音が襤褸をまとったことも注目される。管見の限り、こうした観音の事例はしられていない。その意味で、この「観音図」の出現は、これまで一元化されてきた因陀羅の芸術を再考する契機となる。因陀羅の伝承作は、この「観音図」を除くと、いずれも主題と画風の両面で「禅機図断簡」を構成する一連の作品と類似している。このことは因陀羅をレパートリーに欠けた画僧とみなしてきた評価と無関係ではない。この小論では、従来の一元化されてきた因陀羅像に対して、新たに見出された「観音図」が特異な画風と図像を有していることに着目し、代表作とされる「禅機図断簡」を含めた総合的な観点からの分析を通して、因陀羅の芸術を再検討し、あわせてこれまで知られることのなかった因陀羅の新しい一面についても触れてみたい。1.「禅機図断簡」の主題「寒山拾得図」をはじめとする五点は、1950年代に相継いで国宝に指定され、その名称も一様に「禅機図断簡」と統一がされてきたが、この五点が同一の巻に由来するか否かについてはすでに1940年代から議論が別れ、島田修二郎氏は「祖師図」、「散聖
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