─ エミール・レヴィ「人生の諸段階」連作における ― 290 ―― 290 ―㉗ 第三共和制期パリの区庁舎装飾画古代ガリアの表象の意味を中心に─研 究 者:お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 博士後期課程1.研究の概要と先行研究これまで美術史の研究において、パリとその周辺の区庁舎の内部に第三共和制期(1870-1940)に設置された装飾画の意義は、ほとんど等閑に付されてきた。しかし今も庁舎内で役目を果たすそれらの装飾画は、19世紀美術のなかでも特異な存在といえるだろう。そのなかで「共和国の勝利」の主題と並ぶ主要な位置を占めるのが「人生の諸段階」の主題である。西洋美術に古くからあるこの主題は、人の一生をいくつかの段階に分けて各段階の人間の特徴を様々な構想により表してきた。この主題は19世紀末の象徴主義美術のなかで関心を集めたが(注1)、区庁舎装飾画に多いことは看過されてきた。区庁舎装飾事業は1980年代に見直され始めたものの、各作例の個別研究はいまだ皆無に等しい(注2)。区庁舎の人生の諸段階の主題の装飾画は、共和制による世俗の諸制度、なかでも市民婚を表す必要性の高まりとともに増加してゆき、1880年代半ばにさしかかり婚礼の間から他の空間へと波及した。エミール・レヴィによる16区庁舎装飾「人生の諸段階」連作(1887年)は、その一例である。本連作は、パリ西部のパッシー地区とも呼ばれた16区の庁舎の北東の一角を占める半円形の間〔図1〕のために、セーヌ県とパリ市にまたがる庁舎装飾事業の決定機関から依頼された。行政区としての16区は、第二帝政期の1860年にナポレオン三世とセーヌ県知事オスマンによる都市改造の一環で設定され、1867年に開始されたその庁舎の建設は、パリ・コミューンによる中断を経て1876年に完了した。レヴィの「人生の諸段階」連作は、窓を挟んで弧を描く壁面に順に並べられた、《幼年期》〔図2〕、《若年期》〔図3〕、《人生の中央》〔図4〕、《栄光》〔図5、6〕、《老年期》〔図7〕からなり、対面には、隣の祝祭の間に接続する扉の上を跨ぐかたちで大パネル《家族》〔図8〕が置かれた。各パネルの描写については後述するが、ここで注目すべきなのは、《栄光》の画面左半分〔図6〕に、赤褐色の長髪で鉄の甲冑や盾を身に着けた古代ガリア風の兵士がクローズアップされていることである。「栄光」のテーマは壮年期を表したものと取れる。しかし何故、人生の諸段階という連作全体の主題から大き原 田 佳 織
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