鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 292 ―― 292 ―による、「パンアテナイア祭のフリーズを想起させる人物像の描かれた装飾」の要求が既に知られていた(注10)。しかし実際制作された連作が、パンアテナイア祭のフリーズと大きく隔たることは不可解な点であった(注11)。本調査では、正式な注文時には既に「寓意画のフリーズ」へと要求が変わっていたことが判明した(注12)。したがって「寓意画」という要請に応じ、窓を挟んで各画面が緩やかに連続する、人生の諸段階の主題の連作が提出されたと考えられる。3.人生の諸段階の主題既にレヴィは、16区庁舎装飾に先行した7区庁舎装飾及び19区庁舎装飾応募作において、類似主題を手がけていた。1876年から翌年にかけて行った7区庁舎婚礼の間装飾では、当初建築家により「市民婚を司る法」の主題が提案されたが、美術委員会からの注文時には、主題は画家の自由に任されることとなっており、最終的に《求婚》《結婚》《家族》〔図9〕の三連作が完成した。本連作は、文字通り区庁舎婚礼の間のための主題を、人物の衣装と格子造りの塀やつる棚といった設えによって、ガロ=ローマ風すなわちローマ帝国のガリア支配によりローマ文明がもたらされた時期のフランスを想起させる情景として提示するものであった。続いて1879年から1880年に応募した19区庁舎婚礼の間装飾連作「結婚の喚起」においてもレヴィは、ほぼ同様の構想を大小13枚からなるパネルに細分化して表した。唯一、天井画下絵《住民の仕事を見守るパリ市》は、古代神話や抽象概念の寓意を思わせる人物像と、パリ市及び諸活動の擬人像を組み合わせ、ガロ=ローマの情景とは異なる構想を示した。このコンクールの指針を参照すると主題は次のように規定されている。「画家は作品の主題について自由を与えられている。しかし区庁舎装飾にあたっては、地域の歴史、各区に特有の様々な産業から取り入れた情景、失われた建造物や市街の眺め、もしくは建物の用途に適った主題を描出することに取り組まねばならない」(注13)。つまり主題は自由といえども地域の情景あるいは建物の目的に絞られていた。このコンクールを評したアンリ・アヴァールは、レヴィによる「ガロ=ローマの情景の連作」を最も評価したうえで、「パリ市がいまだ存在しなかった時代の枠組みのなかで市を表すというのは、先史時代の考古学ではないか。しかし(中略)E. レヴィ氏は

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