鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 293 ―― 293 ―市民生活を田園詩にしてみせてくれたのだ」(注14)と、そのアナクロニズムに言及した。アヴァールはパリ・コミューンに参加し亡命した後、美術史家及び行政官として活躍した人物であり、本コンクールを制したアンリ・ジェルヴェクスとエミール・ブランションの《市民婚》を中心に19区の産業を描く写実的連作を踏まえ、次のようにも記している。「婚礼の間は、明るく装飾すべきである。(中略)若い芸術家たちは、市議会が寓意の敵であったことに刺激され、市民生活の活動を現代生活によって表そうと努めたのだ。確かに革新的だが、困難な問題が生じた。(中略)若き革新者たちの絵筆によると、現代性はすぐにレアリスムへと向かった、物悲しいレアリスムへと」(注15)。コンクールの審査結果は厳密な投票により導かれている。アヴァールの記述は、現代生活を体現するレアリスムと、過去の時代の設えを通した第三共和制下のパリ市政や市民生活の表現とが拮抗していたことを示す。行政の美術委員会、市議会、審査員及び制作者の画家ら、それぞれの意図が錯綜していたこともうかがえる。19区の応募作の実現を望まれ注文を受けた16区の連作において、レヴィは古くからある人生の諸段階の寓意を歴史画風の5枚のパネルで表した。《幼年期》には聖母子風の母子像と裸で戯れる子供たち、《若年期》にはダフニスとクロエ風の少年少女、下絵で「目標」と題されていた《人生の中央》には、明らかに「岐路に立つヘラクレス」の主題を踏まえた古代風の男性人物と険しい山道を指差す着衣の女性、そして裸体の人物たち、《栄光》には、古代ガリア風の兵士、竪琴を持つ詩人と彼らに棕櫚の葉を授ける「勝利」、《老年期》には、前景の木陰で少女の頭上に手を乗せ、墓標に寄り掛かる老齢の人物と、実りの季節の風景のなかに二組の家族の姿が描かれている。対パネル《家族》の衣服はパリ市立美術館によりメロヴィング朝の趣と指摘されている(注16)。まず1885年のサロンに出品された《幼年期》は、以前のレヴィの作品の図像を反復している。この母子像は1881年のサロン出品作と1883年のパステル画として単独で仕上げられたが(注17)、1879年の19区庁舎のための連作を見ると、そのうちのパネル《新生児》〔図10〕の母子像が元になっていたとわかる。1881年のサロン出品作について、小説家であり辛辣な批評家でもあったエドモン・アブーは、作品の堂々とした効果を認めつつ、「色彩が意図的に和らげられた」衣服のより正確な仕上げを求めてい

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