鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 315 ―― 315 ―その他、大型作品の保管と再利用小・中型の支持体(カンヴァス、板)の作品は、画家の移動時に携行され、移動先でリサイクルされた例が多く認められる。一方で、大型の支持体は、画家が特別な画題や目的のもとに取り組んだ大作であるだけでなく、輸送に不向きな点も考慮する必要がある。大型作品《人生(ラ・ヴィ)》(1903年、IX.13)、《悲劇(海辺の貧しき人々)》(1903年、IX.6)〔図5〕、《玉乗りをする曲芸師》(1905年、XII.19)は、作品がバルセロナ、またはパリのアトリエや住居に保管されていたため、1年以上の期間を空けて異なる画題に画面全体が描き直された(注5)。Ⅱ.画面の変更「青の時代」の絵画は、主調色が青色に絞られ、主題が貧困や孤独、生と死にまつわるテーマへと傾き、人物画に制作が集中する傾向を特徴としている。人物画の背景に注目するならば、情景描写は色彩と同様に抑制されて抽象的であり、室内か屋外であるか判別できないケースが過半数を占める。舞台の緞帳のような、背後を覆い隠すための奥行を欠いた背景が、あいまいでアンビバレントな絵画空間を形成している。背景だけでなく、1901年から1903年にかけて制作された人物画では、棺の中のカサジェマス、そしてサン=ラザール監獄の囚人をモデルにした女性像など、身体を布で覆う人物像が繰り返しに描かれた。元来絵画とは、画家が「描出」する行為を優先的に、ピカソの制作においては、「破壊」する行為として長らく分析されてきた。ピカソの「青の時代」の絵画においては、「描出」と一見相反する「覆い隠す」―あるいは「覆い包む」ことの両者が合わされている点に、その特異性が認められる。「覆い隠す」、すなわち描き直しとリサイクルの観点を加えて、「青の時代」における色彩、描法、画題、モティーフ等の傾向を、再検討することが求められるだろう。次に、「覆い隠す」プロセスが関与した、全面的な画題の変更があった作例と、人物のポーズなどの部分的な変更があった作例を示す。Ⅱ-1.画題の全面的な変更(画家本人による):同一の支持体上で、次のような画題の変更が明らかになっており、確認できた19件のうち、代表的な例を分類して挙げる。改作のプロセスの詳細については、各作品研究を参照されたい。【人物画から風景画への変更】:《バルセロナの屋根》(1903年、IX.2)〔図4〕【人物→室内】:《青い部屋(浴槽)》(1901年秋、VI.15)

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