― 318 ―― 318 ―1.記憶媒体としての絵画―モニュメント「青の時代」の作品は、当初、絵画市場で売れることはごく稀で、友人への寄贈と画商の扱い分の他は、画家自身の手元に残った。ピカソは生来、あらゆる物を捨てずに保管する性分であったことを、身近な人物たちが証言している(注9)。画面を塗り重ねることは、旺盛な制作意欲を発揮するとともに、過去の制作を捨てずに封じ込め、保持しようとする画家の意図が働いたのではないかと考えられる。例えば、《バルセロナの屋根》(1903年、IX.2)〔図4〕には、90度回転させた下層に、《ラ・ヴィ(人生)》と関連する女性像と男性像の図像が判明している(注10)。ピカソはこの作品を手放すことなく、特別な展覧会にだけ貸与を許す、ピカソ自身における記念碑的な作品として私蔵した(注11)。リサイクルのプラクティスは、絵画制作の遍歴とその記憶を、絵画=モニュメントにおいて、重層的に保持することを可能にしている。2.変身の舞台としての絵画―アンビバレンスの追究とメタモルフォシス「青の時代」(1901-1905年)では、あいまいな空間設定と抑えられた色彩表現により、写実とは乖離した絵画独自の世界が造り込まれ、生と死、聖と俗などのアンビバレントな象徴の表現が志向された。「青の時代」の描法の変遷を追うと、1901年から1903年のリサイクルされた作例では、上の層が下層をほとんど覆い隠し、厚塗りが多用されている。1903年以降の塗り重ねられた作品では、しだいに先行して描かれた下の画面を完全に覆い隠すことなく、下層と、描き直した上層の両方を残す薄塗りの描法が取り入れられる傾向が顕著になる。下層と上層の関係は、絵画技法および画題の両者において究明されなければならない。例えば、《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》(1901年、下層:サン=ラザール監獄の女囚の肖像、VI.34)〔図2〕と《海辺の母子像》(1902年、下層:女性像、VII.20)〔図3〕、の詳細を調べると、下層に描かれた人物像の顔と、上層の顔の位置が一致しており、下層の明るい部分を上層の下地として活かしていることが伺える。1903年以降は、薄塗りの技法により透明性が加わり、画面の変更が表層に顕在化していく。《ラ・ヴィ(人生)》(1903年、IX.13)の画面中央には、下層の人物像の輪郭が表層に表れ、入り組んだ図像を呈している。1904年以降のリサイクルされた作品では、背景に青色だけでなく、暖色系の色彩との塗り重ねが生じ、混沌とした奥行きのある画面に仕上げられている。テートが調査した《シュミーズを着た女》(1905年頃、XII.5)〔図7〕では(注12)、薄塗りにより下層の輪郭が透けて可視化されるべく、「塗
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