鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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注⑴「青の時代」は、1901年の秋頃から1904年までと定義されることが多いが、本研究では「バラ― 319 ―― 319 ―り重ねること」と「描出すること」の両者が巧妙にコントロールされている。薄手のシャツを着た女性像は、下層に描かれた少年の像に重ねられることにより、変身の途中であるような儚げな姿を見せ、版画技法に想を得た細かな引っ掻きや、絵具の擦り取りの跡もある。1904年から1905年における塗り重ね等の技法による繊細な効果は、グアッシュが多用される「バラ色の時代」において発揮されていく。ピカソ作品のリサイクルを長年追究したアン・ヘーニングスベルトは、ピカソのリサイクルの行為を「メタモルフォシス」(変身)と定義し、「先んじているイマージの色彩、形、アイデアなどが、新しいコンテクストで再び出現する」と、重要な指摘を行っている(注13)。「青の時代」のピカソは、この時代特有のアンビバレントな表現を探究し、支持体のリサイクルと描き直しの技法を繰り返し実験することで、やがて下層から上層へと「変身」する動的な様相を、画面上に出現させる描法に到達した。3.偶然性、異物の介入ピカソは他人の使用した支持体を再利用し、また、本稿のⅡ-4で示したとおり、新聞紙の文字という絵画技法とは異なる付着物により、画面上に偶然起きてしまった改変を容認し、そのまま残したことが判明している。制作における偶然性と異物の介入は、キュビスム以降のピカソの制作において、重要な展開を遂げることになる。さいごに「青の時代」は、ピカソがたゆまぬ実験と探究から初めてオリジナリティを築いた時代である。この時代のリサイクルに着目し、その特徴的なプラクティスの研究を掘り下げるならば、その後の「バラ色の時代」を越えて、自己の制作を無限に拡張していく芸術家の、原初の姿が立ち現れてくるだろう。筆者がアクセスできた作品とその情報は、現時点において限定的であるため、今後も「青の時代」の油彩画、さらにデッサンと版画、彫刻作品を合わせ、各作品の調査を継続していく。⑶Ann Hoenigswald, “Works in Progress: Pablo Picassoʼs Hidden Images,” Picasso: The Early Years, 1892色の時代」への過渡期を含め、1905年春頃までを対象とした。⑵本カタログ・レゾネの「補録」中の油彩画、そして前後の章に収録されているが、現在では調査対象の期間に制作されたと認められる油彩画も加えた。

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