― 328 ―― 328 ―(1)暈しによる眼元の表現方で池田家は下町風の文化を好んだ。蕉園は結婚してから夫の輝方の趣味嗜好に強く接近し、歌舞伎などの演劇や粋な装いを好むようになったと語られる(注18)。妹の縫子が元来の榊原家の好みであるやまと絵を選び学んだことは、姉の蕉園とは対照的な選択といえる。縫子が映丘に学び、そして吉村忠夫と家庭を築いたのは、いずれも蕉園没後のことではある。しかし、蕉園が生まれ育った榊原家の絵画に対する嗜好がうかがえるエピソードとして榊原縫子の画業について特記しておきたい。2.眼元の表現の特徴蕉園の描く女性像は、しばしば「夢見るような」「儚げ」といった言葉を用いながら解説される(注19)。以下では、蕉園の表す、潤んだような眼元の描写こそが、その印象をつくりあげていることを指摘したい。蕉園の画業は短く、また現存する作品のうち、制作年が明らかであるものは少ない。本調査で実見することができた蕉園の作品は数件ではあるが、そのなかで知り得た事項を以下にまとめる。蕉園の描き出す女性像はいずれも肩や腰、足などの表現において、解剖学的な見方にとらわれない処理がみられる。つまり必ずしもそれらが整合性をもって描かれているとは限らず、特に衣装に身を包まれている部分においては平面的ともいえる描き方がなされ、衣の下の身体の体積や実在感を伝えることはしていない。一方で、顔や手といった衣装からみえる部分においては、朱色の絵具と胡粉を用いて身体の立体感が表現され、輪郭線も朱線を伴って表される。例えば《さつき》(東京国立近代美術館蔵)〔図3〕は、女性像の手の甲や、額、鼻、顎といった膨らみのある箇所が、胡粉による白の彩色によって強調される。手の影となる部分、あるいは、顔の眉の下から眼の周り、こめかみから頬の下部にかけては朱色の絵具が施されている。この配色により、体温を感じさせる肉身表現をはじめ、上気するような頬、温かみのある眼元の表情を描き出すことに成功している。眼元を描く際には、筆線に薄墨を用いて滲ませる、あるいは筆線に薄墨を重ねることにより暈す表現がなされている。《きぬた》(木原文庫蔵)〔図4〕は、簡潔な筆遣いでありながら、細い筆線に薄く墨を暈すように重ねて眼元を描き出している〔図5〕。輝方との合作の双幅である蕉園《桜下美人図》〔図6〕(学校法人城西大学水田美術館蔵)も、同様の技法で輪郭線を暈しながら眼元を表現している。また、眼の全体に薄墨を刷いて滲ませる表現もみられる。この描法により、眼元に
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