鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 329 ―― 329 ―(2)金泥による眼元の彩色影が落ちたような印象を与え、画中の女性像の柔らかな表情を作り出すことに成功している。例えば《灯ともし頃》(水野美術館蔵)〔図7〕は眼の輪郭だけでなく、白目の部分を含めた眼の全体に薄く墨を刷いている〔図8〕。また、《貝あはせ》(水野美術館蔵)〔図9〕も眼の全体に薄く墨を刷いており、下瞼の際にのみ朱線が引かれている。また下瞼に胡粉を施すことで眼元の立体感を演出している。《春流》(実践女子大学香雪記念資料館蔵)〔図10〕も全体に薄く墨を刷きながら眼元を描き、上瞼には胡粉が薄くひかれ、立体的な眼元が表される。《春流》に共通する構図を持つ作品が《美人図》(青梅市立美術館蔵)〔図11〕である。女性がひとり舟に乗り、近景に川水が流れる様子を描くという構図、やや顎を上方に向けて遠くを見るような女性の表情、肩や腰の位置関係などが《春流》との共通点としてあげられる。本作品も眼の全体に薄い墨を刷き、目尻には朱を重ねて眼元の温かみを感じさせる。さらに蕉園は、睫毛の表現についても気を配っていた。例えば《秋思》(培公庵コレクション蔵)〔図12〕には眼を伏せるひとりの若い女性が描かれるが、その右目に注目すると、長い睫毛が描き起こされていることがわかる〔図13〕。あるいは、本研究において、大正5年(1916)第10回文展に出品された《こぞのけふ》〔図14〕の大下絵(栃木県立美術館蔵)を調査することができたが、本図の左隻に配された、提灯越しに描かれる女性の眼元に着目すると、その瞼にも墨線で長く睫毛が描かれていることがわかる〔図15〕。下絵の段階においてもこれほどまでに睫毛が強調して描かれていることに、蕉園のこだわりをうかがい知ることができる。さらに、蕉園が金泥で眼に彩色を施したことを指摘したい。本調査においてこの描法を確認することができた作品は2点あり、そのうちのひとつは《さつき》(東京国立近代美術館蔵)〔図3〕である。画中の女性の眼の表現を子細に確認すると、白目の部分に、金泥を薄く刷いたような着色がみられる〔図16〕。また、蕉園・輝方がそれぞれ春と秋を描いた双幅の合作《春秋図》(培公庵コレクション蔵)のうち、蕉園の手掛けた春の図〔図17〕をみると、本作品の女性像の眼元にも薄く金泥による彩色が施されている。左目に注目すると、眼の全体に薄く墨を刷きながら、白目の部分には金の絵具を、目尻の部分には朱色で彩色がなされていることが確認できる〔図18〕。また、いずれも目視する限りでは、裏彩色ではなく、絹本の表から金泥を薄く刷いている。これらは画面の中で強く主張する描写ではないものの、光線の当たり方によっ

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