鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 404 ―― 404 ―㊲ 「チカノ壁画」における《物コリード語り歌》の図像学─東部ロサンゼルスに遺るコミュニティ壁画の歴史的変遷─研 究 者:群馬大学 非常勤講師  新 津 厚 子はじめに本稿の目的は、米国カリフォルニア州東部ロサンゼルスに現存する「チカノ壁画」という名のコミュニティ壁画の図像解釈によって「チカノ壁画」の物語的表現形式の特徴を提示することにある。「チカノ壁画」については後述するので、ここではまずコミュニティ壁画について述べる。本稿におけるコミュニティ壁画とは、コミュニティの歴史や現状、未来への願望を視覚化した、地域住民と芸術家が制作するコミュニティのための壁画を意味する。『コミュニティ壁画─人々の芸術─』の著者バーネット・アレンは米国のコミュニティ壁画について「芸術家たちはコミュニティの生活における基本的な関心を主張するために、地元住民たちとともに壁画を描いた。この運動は60年代後半から70年代初頭まで、主として、人間の創造性が人種差別や貧困に対して闘う、全米の大都市のゲットーやバリオで発展した」と述べている。(Barnett1984:11)。そのなかでもロサンゼルスは、かつて「世界の壁画の中心地(the MuralCapital of the World)」として知られ、屋内外に1500点以上の壁画が存在した(Dunitz1993)(注1)。1960年以前も、米国では1930年の大恐慌時、対恐慌政策として、メキシコ壁画を模倣して導入されたニューディール・アート・プロジェクトが実施され、郵便局や図書館などの公共施設で10年間に4500点の壁画が制作された(大橋 1993:43)。またカリフォルニア州サンフランシスコでは、1981年から7年間、国立芸術基金の助成も一部受け、『コミュニティ壁画』という雑誌が出版されていた。日本におけるラテンアメリカ美術史研究者の加藤薫(1949-2014)は、『メキシコ壁画運動─リベラ、オロスコ、シケイロス─』の中で、壁画を「絵画表現の最古の形式」と述べている(加藤 2003:70)。洞窟壁画からはじまり、現代社会でも現存し制作される壁画は、場に依拠することが多い不動産の芸術表現である(注2)。そのような背景をふまえ、本研究では、先行研究では歴史的、社会的側面のみが重視されてきた「チカノ壁画」の表現形式を読み取ることで「チカノ壁画」の美術史的意義を明らかにしたい。

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