鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 406 ―― 406 ―〔図1〕。制作はゴエツアートスタジオという集団で、スペイン語、英語で名がつけられている。この壁画が描かれた1975年、カリフォルニアでは、多くのチカノを先導した「農業労働者組合」(1962-)の指導者であるセサル・チャベス(1927-1993)が一万マイルのデモ行進やストライキを組織した。その結果、農業労働者の団体交渉権を認めるカリフォルニア農業労働関係法が制定された。セサル・チャベスの図像は、メキシコ系住民の権利を向上させた公民権運動の指導者として、チカノ壁画で描かれることが多い。壁画が描かれたマラビジャ地区は、そのセサル・チャベスが運動の一拠点としたことでも知られる。通りにもセサル・チャベスの名がついている。この壁画の色調は淡く、壁面に広がる黄土色の山脈と土地からは、のどかで、現在とは異なる時代の気風が読み取れる。各図像には影がついているため、太陽が壁面右側にあり、日光は右から差している。左には農地があるが、徐々に壁画空間は農地から街へと変貌していく。人も、農作業をしている様子から荷を下ろし、広場へ集う様子へと変化している。中央右側には「イースト・ブルックリン通り」という標識がある。現在この名の通りは確認できないが、近隣にブルックリン通り小学校があることから、かつては存在した路地だったことが想定できる。路地の背後にはチケット販売所、荷を運ぶ馬車、この壁画がある地名「マラビジャ」と書かれた赤いバスがあり、人が乗り込んでいる。街路には複数の電信柱がある。さらに背面には、市場、花屋、パン屋、タルト屋、教会などがあり、それらの場に人々が集っている。右端には、メキシコの宗教的シンボルである褐色の聖母、グアダルペを思わせる像を担ぐ人々の一軍があり、十字架を持ち、行進を行なっている。行進と逆向きに白い修道服を着た修道女たちが花束を持って聖母の方向を向いている。グアダルペの聖母の背後には光り輝く観覧車があり、複数の屋台が開かれている。壁面の最背面には山々がそびえたち、右端には現代のロサンゼルスを思わせるような高架橋がある。壁画の左右両端には、黄色、ピンクの花々、ステッキを持った紳士、赤い車を持つ男児がいる。赤い車についている旗内にある図像はセサル・チャベスが組織した「農業労働者組合」のシンボルマークの鷲を思わせる。双方ともにその他の人々より大きく、巨人のように描かれている。左側の紳士は花々と平野の上で横たわり、まどろんでおり、その隣で男児は車を使って遊んでいる。右端の紳士は、男児の左肩に手を置き、背後の人々の様子を見上げている。男児は紳士の横で赤い車を抱えて紳士の話に耳を傾けている。前述したダンイッツの調査では壁画を以下のように説明している。「東部ロサンゼルスで最も初期の開拓地の一つであり、もともとはメキシコにおける宗教的迫害から逃げてきた人々の家であった、マラビジャ・コミュニティの物語。こ

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