― 407 ―― 407 ―の話は無名の老人の視点によって語られている。この老人は隣の若い仲間に対し、年月を重ねるに従って、どのようにこの地区が変化してきたのかを説明している」(Dunitz 1998:289)。二点目に取り上げる現存する壁画は、1983年に制作された《我々の遺産の誇り》である〔図2〕。この壁画も一点目の壁画と同様、ゴエツアートスタジオが制作し、スペイン語と英語で名がつけられている。セラミックタイルで作られたこの壁画は、東部ロサンゼルスのコミュニティ労働組合(TELACU 1968-)の建物に設置されている。歴史家ジョン・チャベスによると「上部には、征服者エルナン・コルテス、アステカ帝国最後の皇帝クアウテモック、コルテスの通訳であったマリンチェなど、スペインによるメキシコ征服の代表的人物が描かれている。その下には、フランシスコ修道士布教者たちがカリフォルニアの先住民たちを改宗させる様子がある。1781年のロサンゼルス建設に焦点を当てた集団である。修道士の一人は後ろを向き、祈りを捧げている。大きな大釜から流れ出すのは、近代のメキシコ系アメリカ人を形成するスペイン人と先住民の子孫である。下部では、現在の米国カリフォルニア、ロサンゼルスでのメキシコ系アメリカ人の貢献を強調している。軍人、農業労働者、学生、子供、TELACUの活動、右下にはTELACUの初代代表責任者のエステバン・トレスがアメリカ大陸を含めた地球をかかえて、鑑賞者を見つめている」(Chávez 1998:6)。この壁画の主題は、水の流れのように、過去から未来へと連綿と連なる、東部ロサンゼルスの人々の歩みである。暖色と寒色、および直線と曲線の交差がある。奥には古代を思わせる建物が描かれており、遠近法が使用されている。これらの表現効果によって、壁画に奥行き、広がり、立体感が生み出されている。セラミックであるため自然光を浴びると反射して光る。左端には、農業労働者組合の旗を持つ運動家がおり、旗には〔図1〕でも触れたグアダルペの聖母の図像が描かれている。空を思わせる上部の青色の濃淡は、太陽を表す黄色と混ざり合うことで緑色などの多彩な配色を生み出し、下部では大地の色彩のような暖かみを放つ。壮大で印象に残る壁画である。三点目の壁画は、《ボイルハイツの物語り歌》である〔図3〕。1983年、カリフォルニアは共和党の州知事ジョージ・デューク・メジアンが農業労働者法の効力を停止させ、多くの農業労働者を解雇した。その年に描かれたこの壁画は、労働者の日常の物語り歌が描かれている。この壁画は、人々がバスを待つ停留所の背面にある。ペイレス靴屋の壁面である。十字路には雑貨や果物売りもあり、遠目でみると日々の生活を営む人々も、壁画の図像のようにみえる。
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