― 408 ―― 408 ―Ⅱ 失われた壁画Ⅲ 新たな壁画 この壁画を描いたのはイーストロス・ストリートスケイパーズという、東部ロサンゼルスで名の知れた壁画家集団である。緑と青の色調と、軽い筆触を作風とする。またこの壁画は2006年に修復された。〔図4〕のように、たびたび毀損の対象になるからである。壁画の主題は「人々」である。躍動感あふれる人々の動きが連綿と描かれている。右から、二人の男児と一人の成人男性、上部の男児はチカーノ運動の象徴であるブラウン・ベレーの帽子を被っている。この男児は「農業労働者組合」のロゴであった鷲が描かれたハンモックの中で横たわっている。この構成では足と靴が大きく描かれ、強調されている。靴は労働者の生活の糧である。ハイヒールを履いた女性像もまた労働者だと言える。彼女の足はとても力強く、厚みを持って描かれている。ペイレス靴屋の壁面にふさわしい主題である。新婚かと思わせるカップルは手を取り合い、バンドが奏でる音楽に合わせて踊っている。カップルの背後には一つの路地があり、そこを、手を取り合い歩く家族がいる。カップルの未来像である。その路地にはチカノ文化の象徴であるローライダー車がある。左隣の、とうもろこしの葉と、豚はメキシコ系がかつて居住していた農村部を思わせる。中心にはのびのびと人々の物語を歌い上げる女性歌手がいる。チカナ歌手セレナを思わせる。彼女の右下にはタコスを作る女性、そして米国ドルがある。日々の労働で対価を得る姿である。メキシコ系の日常生活にかかせないサボテンもある。歌手の横には音楽をきき、テーブルに座ってその場を支えるひげを生やした成人男性と青年がいる。その背後にはバイオリン、アコーディオン、ギターのバンドが演奏し、《物コリード語り歌》の調べをうみだしている。壁面左端には、壁面ギリギリまで、音楽を楽しみ、グラスをもって乾杯をする人々の手が描かれている。もはや目にすることができない壁画もある。ダンイッツが調査した1998年には記録されており、2019年までの筆者の調査で所在が確認できなかった壁画は、176点中67点だった。この結果をふまえると、38%程度の壁画が失われた可能性がある。これらの詳細は別稿を要する。1998年以降に2019年までに、東部ロサンゼルスで新たに制作された壁画の総数は不
元のページ ../index.html#420