注⑴その様子はアニエス・ヴァルダの二部作ドキュメンタリー映画『壁、壁 Mur Murs』(1980年)― 410 ―― 410 ―3.ナラティヴ・アートとしての《物コリード語り歌》以上四点の壁画の解釈をつうじて、「チカノ壁画」の多様な物語を読み取ってきた。四点の壁画には共通して読み取ることができる表現的特徴がある。第一に、植物、動物、人間など主題が多様で複数混在している点、第二に、過去や未来、メキシコやロサンゼルスなどのように、同平面に複数の異なる時間軸と空間軸が描かれている点である。この二つの特徴から前述した「チカノ壁画」の物語は多様かつ多元的に紡がれている。筆者は、この「チカノ壁画」の物語的特徴を、メキシコの民俗音楽の名前でもある《物コリード語り歌》として定義し、ナラティヴ・アートの一類型として位置付けたい(注6)。そもそもチカノ文化は、美術、音楽、演劇、文学とジャンルを横断し形成される境界の混淆表現である。音楽の《物コリード語り歌》も、かつての記憶を二人以上で歌い上げることという点で、壁画が紡ぎ出す物語と通底する点がある。《物コリード語り歌》とは、人々の集合的記憶の形式である。音楽や壁画の《物コリード語り歌》をつうじて、集合的記憶は日々想起することができる。おわりに以上のとおり、本稿では物語性の高い「チカノ壁画」の解釈を行うことで、それらの表現形式を《物コリード語り歌》とし、ナラティヴ・アートの一類型として位置づけた。今回は「チカノ壁画」の物語解釈の記述を目的としたが、今後は更に解釈の範囲を広げ、「チカノ壁画」および《物コリード語り歌》の美術史的意義にかんする考察を深めていく予定である。にもおさめられている。⑵不動産芸術に対置される芸術としては、持ち運び可能な動産芸術(portable art)がある。⑶チカノChicanoは男性形で女性形はチカナChicanaだが、近年は性自認を二極化しないためにチカネックスChicanxという語を用いることもある。⑷チカノ文化には「二重性」「混淆性」「緩慢性」に特徴づけられるような境界の美的感性があることは別稿で指摘した(新津2020)。⑸パウル・ボテジョは、イーストロス・ストリートスケイパーズメンバーのダビド・ボテジョの弟で、〔図3、4〕の壁画制作も補助した。制作壁画群は以下のウェブサイトから閲覧することができる。Mural Conservancy of Los Angeles, 2020, “Paul Botello” (2020 May12, https://www.muralconservancy.org/artist/paul-botello)。
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